教育を面白くするメディア 「エデュモット」EDUMOTTO東京学芸大学公式ウェブマガジン

edumotto

せんせいのーと

脳と心のつながりから障がいを考える。平田正吾先生インタビュー

SNSで記事をシェア

vol.21 平田正吾先生

お待たせいたしました!edumotto版「せんせいのーと」第4弾は特別支援科学講座 発達障害学分野の平田正吾先生です。なぜ障害児心理学に興味をもったのか、なぜ研究者の道を選んだのか。ご自身も東京学芸大学の卒業生である平田先生のこれまでと、これからのお話をお聞きしました。

先生のご専門について教えてください。

平田先生:私は障害児心理学が専門です。特に、知的障害のある子どもや、自閉症スペクトラム障害(*1)のある子どもを対象としていますが、大人の心理機能の研究もしています。心理学のなかでも、実験心理学や神経心理学に取り組んでいて、脳と心の対応や関係を研究しています。時に身体に特殊な機械を装着してもらったりしてね。

(*1)①他者との社会的関係の形成の困難さ、②言葉の発達の遅れ、③興味や関心が狭く特定のものにこだわることを特徴とする発達の障害。(参考:文部科学省

障害児心理学に興味を持ったきっかけを教えてください。

平田先生:結構考えたんですけどね、どういうきっかけだったのか、なかなか自分でもよくわからないところがあります(笑)。小さいころに住んでいた家の隣にろう学校があって、それで関心を持ったのかもしれません。当時、自分とは違う、障がいのある子どもたちの存在が心に残ったというか。

あとは自分が大学生になった2000年代初頭は、心理学への関心が社会的にも高まった時代だったこともあって、その影響を受けたのかもしれませんね。

平田先生は学芸大学出身とのことですが、学芸大学は教員養成のイメージが強いと思います。当時は教員を目指されていたのですか?

平田先生:故郷である鹿児島に帰って中学校の先生になろうかなと思っていました。ただ、私の勝手なイメージでしたが、何か一つのことを考えている日々が素敵そうだと思っていたので、入学前からぼんやりと大学院の修士までは行こうと決めていました。

そのようななかで、さまざまな先生方との出会いや学部4年次にあった通級指導教室(*2)での教育実習のような貴重な機会に恵まれました。学部から修士課程、最終的には博士課程までずっと、現在は学長に就かれている國分充先生に指導していただきました。今思い返すと、学部や修士の講義ではあまり障がいに関する話はしていなかったような気もしますが(笑)、心理学の基礎や障害理解に通ずることなどを多く話してくれました。そこで、障害児の心理学っておもしろいと思い、博士課程に進学を決めました。教師という夢を持ちながらもいつの間にか研究者の道に来ていたという感じですかね。

(*2)通級による指導では、各教科等の大部分の授業を通常の学級で学び、指導上の工夫や個に応じた手立て、教育における合理的配慮を含む必要な支援を受けながら、一部の授業について当該の子供の障害による学習上又は生活上の困難を主体的に改善・克服するために、自立活動の指導をしている。(参考:文部科学省

学生時代は、具体的にどのような研究をされていたのですか?

平田先生:一言でいうと、知的障害のある子どもたちの運動と認知の関係を研究していました。標準的な実験心理学では、参加者に「これから私が説明する通りに物事を進めてください」といった要求をすることが多いです。しかし、障害児心理学の場合は、たとえば知的障害があることによって長時間椅子に座ることが難しいことなどもあるので、比較的シンプルなことをする場合もあります。

私の場合は、比較的重い知的障害を持った方も対象としていたので、水の入ったコップが置かれたおぼんを渡して、それを運んでもらうという調査などをしていました。運ぶ速さやこぼれた水の量を計測するのですが、障害特性に応じて結果も異なってきます。たとえば、ダウン症のある知的障害の子たちは、運ぶスピードはとても遅いですが、水をこぼさないことが多いのです。一見、遅いからできていないと思われるかもしれませんが、“こぼさない”という別の面を大切にしているのかもしれません。あるいは、自閉症の子たちだと、速いけれど、水は全部こぼれているということが結構あります。自分の行動に合わせて変わるものに対する鈍感さが影響しているとも考えられます。

このような形で、体の動かし方から障害特性を考えていくという研究をしていました。

学芸大学での学生時代の思い出は他にもありますか?

平田先生:2つあります。1つは大泉寮での暮らしです。最終的には副寮長までやりました。フリーマーケットなども開催してすごく楽しかった思い出があります。今となっては、もう入りたくないですけどね(笑)。

2つ目は冒険探検部の活動です。今はもう廃部になってしまったので、最近の学芸大生のみなさんはあまり知らないかもしれませんね。ゴムボートで島々を行き来したり、アマミノクロウサギの写真を撮るために奄美大島まで行って何週間も島の山中に滞在するとか。ケガをして入院したこともありましたが(笑)、楽しかったです。

ここからは、平田先生の現在に焦点を当てて伺います。現在はどのような研究をされていますか?

平田先生:現在の研究テーマとしては大きく2つあります。1つは、運動プランニングです。知的障害のある方は、麻痺などがなく、身体自体には大きな問題がないはずなのに、体の動かし方、運動機能に困難が認められる場合があります。障がいのない私たちは体を動かすとき、さほど意識せずとも効率よく身体を動かしています。たとえば、伏せてあるコップを手にとるとき、手首をねじった窮屈な姿勢からまずはコップを取った後に、ひっくり返すことで、最後にコップを扱いやすい姿勢になるようにします。知的障害のある人では、はじめにコップをそのまま掴んでしまい、その結果、コップを扱いづらい窮屈な姿勢を最後にとることになってしまうことがあります。こうした事前の運動計画の問題が、なぜ生じるのか調査することで、知的障害を理解することにつながるのではないかと考えています。

もうひとつは『内言』といって、実際に声に出してはいないのだけど、自分の頭の中で用いられる言葉の研究です。たとえば、暗算の計算問題をときながら、無関係な言葉を発していてもらうと、その計算問題の正解率は下がります。頭の中で自分に声をかけることが、私たちの思考や行動に関係し、日々の生活を支えているという考えが古くからあるのですが、こうした側面から、知的障害の心理特性を明らかにすることができないかと考えています。

大学教員として、学芸大学での授業ではどのようなことが印象に残っていますか?

平田先生:学芸大学に来て2年目で、ちょうどコロナの状況とも重なるような話にはなるのですが、今年、久しぶりに対面授業ができるようになりましたね。学生のみなさんも対面で行う授業に飢えていたのか、食いつきの良さを感じますし、顔を合わせられるのはやはりいいですよね。これは國分先生から指導されたことですが、パワーポイントに向かって話すのではなく、学生と向かい合って授業をするように私自身、心がけていて、学生さんたちのもっと勉強したいという思いに応えられるように頑張っています。

対面授業はやはりいいですよね。オンライン授業では何か発見はありましたか?

平田先生:オンライン授業のときも、できる限り同時双方向でやるようにしていました。顔は見えなくても、同じ時間に同じ話を聞いている人が居ることが大事だと考えていたので、そこは重要視しました。

私の息子は当時1歳だったので、発達に関する説明の際に息子に登場してもらい、実際に見てもらうこともありました。基本的な知識を学んでから実際に子どもを見ることで、子どもの何を見るべきかが分かるようになり、学生にとって良い機会になったと思います。こういう授業ができるのはオンラインならではの良さですね。

平田先生のこれからの目標を教えてください。

平田先生:まずはこの大学に来てまだ2年目で、ちょうどコロナ禍に重なってしまったこともあって、研究が停滞しています。大学院生も含めて、私が大学生のころと比べると、毎日大学に来て議論したり勉強したり、そして外に出て調査したりといった、日常的に研究するという機会を学生は奪われてきたと思います。だから、それを復活させて、学生と一緒に研究室を活気付かせていきたいですね。

道具の使い方であったり、記憶の特徴であったり、関心があるテーマは定期的に変わるのですが、一番知りたいことは、自らの意思で自分の心理活動や行動をコントロールすることが、なぜ可能なのかということです。障がいのある子どもや小さな子ども、時には大人でも、ついつい間違えてしまったり、わかっていても自分の意思とは異なることをやってしまうことがあります。これは単純な問いに見えて、なかなかの難問なのですが、この点について自分なりに迫っていきたいと考えています。工夫をしながら最先端の認知科学の手法や知見を、障がいのある子ども達に応用することで見えてくるものがあるかなと思っています。

先生のおすすめの本を教えてください。

平田先生:2冊あるのですが、1冊目は、『痴呆を生きるということ』(小澤勲 著・岩波新書)という本です。この本の著者である小澤勲氏は精神科医なのですが、認知症という病気自体は脳障害が主な原因ですので、同じ脳部位が障害されることで、特定の症状が生じます。しかし、それ以外にも人によって生じることもあれば、生じないことがある症状があるとされています。では、なぜ同じ脳障害なのに人によって現れる症状が異なるのかということを中心に置きつつ、医学的な知識や専門知識を用いながら、認知症の方の内面に寄り添いつつ、ともにあるとはどういうことなんだろうということをまとめた本です。このような構え自体は、障害児心理学に通ずるところがあると思っています。

2冊目は、『ぼくらの中の発達障害』(青木省三 著・ちくまプリマ―新書)です。この本は高校生向けで、自分自身にそういう特性があるかなという方や、その周りのご家族やクラスメイトに向けた本です。いわゆる発達障害に関するはじめての本として、いいかなと思います。

どちらの本も興味深くて、手に取ってみたくなりました。

平田先生:あとは、附属図書館からの依頼で、「りんごの棚」というコーナーの本を選びました。これは、知的障害のある方向けの本を扱うコーナーで、特別支援教育講座の先生方とともに特別支援教育に関する本をいくつか紹介しています。そこもぜひ覗いてもらえたらと思います。

大学図書館初!?学芸大版「りんごの棚」を設置しました(附属図書館ウェブサイト)

最後に、学生に向けてメッセージをお願いします。

平田先生:若いうちにしかできないことがあるので、大学生、若者には自分自身が打ち込めるものを見つけて取り組んでほしいです。それは、大人になったり、先生になったりしたときにも子どもに伝えられるものになりえます。

ありがとうございました。

平田正吾

特別支援科学講座 発達障害学分野 准教授

東京学芸大学教育学部C類障害児教育教員養成課程卒業、同大学院連合学校教育学研究科修了。博士(教育学)。茨城キリスト教大学文学部、千葉大学教育学部を経て、2021年度より東京学芸大学総合教育科学系特別支援科学講座・准教授。主な著書:「知的障害・発達障害における行為の心理学」(福村出版)

取材・編集/森本綺莉 飯島風音 千葉 菜穂美
イラスト/片山なつみ