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萬羽先生が住居学に込めた思い

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vol.23 萬羽郁子先生

せんせいのーとvol.23は生活科学講座の萬羽郁子先生です。大学での授業だけでなく、子ども向けワークショップを開催するなど、さまざまな活動を続ける萬羽先生の専門は「住居学」。家政学という学問領域の中でも特に「住まい方」を学ぶ楽しさを伝えたい。そんな熱い思いに迫ります。

家庭科の“実家”が家政学

家政学とはどのような学問でしょうか?

萬羽先生:みなさんが学校で学ぶ「家庭科」をイメージしてもらうと分かりやすいかもしれません。家庭科を学問的に言うと「家政学」。実家みたいなものかな。主に家庭生活を対象に、そこで営まれる人々の諸行動を分析研究する学問です。その中でも、私は住まいを扱う住居学を研究しています。

住まいと聞くと建築学が思い浮かぶのですが、どのような違いがありますか?

萬羽先生:建築学が建物の構造や強度、環境について技術的な角度から住まいを考えるのに対し、住居学は家に住み始めてからの“住まい方”を考える学問です。より快適に生活するにはどのような工夫ができるのかを、ライフスタイルや生活文化、家の材料などの面から研究します。

このように、複数の視点から住まい方を考えるという点は、家政学の強みです。食分野では生物の授業で習う消化酵素が深く関係してきます。また、洗濯の仕組みについて学ぶ際には界面活性剤など化学の知識が必要です。一方で、家族関係や子育てに関する分野では、アンケートなどの社会調査を基に考えることが多いです。このように、複合的な学問だと言えるでしょう。住まいは生活の基盤なので、食生活や衣生活、家族関係といった家庭科の他の分野と結びつけながら考えていくことが大切だと思っています。

新潟での暮らしが研究の原点

なぜ住居学に興味を持ったのでしょうか?

萬羽先生:私は新潟県の豪雪地帯に住んでいました。冬の間は1階が雪に覆われていて暗く、家全体が冷蔵庫状態で、暖かい石油ヒーターの周りにみんなが集まるような環境でした。決して快適とは言い難い家で暮らした経験から、快適な暮らしをつくる“住まい方”に関心を持ちました。

また、大学在学中に中越地震が発生し、仮設住宅の調査に同行しました。災害時に緊急で住まう場所ではありますが、仮設住宅で生活をする人々にとっては、そこでの暮らしがとても大事です。被災した方々が、限られた空間を快適にしようと工夫する姿を見て、住まい方の大切さを考え直しました。

祖父が掘った雪のトンネルで遊ぶ萬羽先生(左)と妹

現在はどのような研究をされていますか?

萬羽先生:最近は特に木材に着目して、においの効果に関心を持って調査に取り組んでいます。においの効果によって、勉強がはかどったり、ストレスの軽減につながったりという経験がある方もいると思います。また、木のよい香りがする空間の中で生活をしていると気持ちがよいと感じる方も多いのではないでしょうか。このように、においが私たちの身体や気持ちにどのような影響をもたらしているのかを考えています。

一方で、香り自体が苦手な方や、化学物質に対して過敏な方もたくさんいます。そういった方々が過ごしやすくするためにはどのような工夫ができるのかも検討しています。

研究の方法は?

萬羽先生:木のにおいに関する研究方法としては、主に2つあります。1つは、被験者の方に、木材を使用した部屋と別の材料を使用した部屋に順に入ってもらい、それぞれの評価をしてもらう実験室で行う方法です。もう1つは、木材を使用した家に住まいを変えたことによる心理的変化や身体的変化について聞き取って測定する方法です。こちらは長期に渡って、実際に一般の方が住んでいるお家を訪問して調査していますよ。

心理、建築、医学…チームで調査

どのようなことを測定するのでしょうか?

萬羽先生:まず、アンケート調査を行い、主に心理的な変化を観察します。心理的な指標だけでなく、建築分野の先生が化学物質の濃度を測定し、医学系の先生が血圧や体組成の変化を見るというように、物理的、生理的な指標も組み合わせて研究しています。さまざまな分野の人たちと協力することで、一人で調査するよりもより深く住まい方について考えることができると感じます。

昨年は子どもを対象としたイベントも企画されたそうですね?

萬羽先生:「夢のお部屋を作ろう」というワークショップを行いました。理想の住まいについて子どもが考えられるような機会を作りたいなと思っていました。近年も、自分好みのお家をつくるようなゲームが流行りましたよね。“自分でおうちを考えて作る”といった遊びは子どもたちも好きなのかなと考え、子どもが楽しみながら住まい方に意識を向けるきっかけにしたいと思いました。

ワークショップを通して、「こういう家に住みたい」という理想や憧れがあることって良いことだなとあらためて思いました。頭の中のイメージを形にできないこともあります。それでも、いろいろな夢をもって、自由な発想で考える姿が印象的でした。

〈開催レポート〉ゆめのおへやをつくろう!工作ワークショップ
夢のお部屋コンテスト

防災学習の手作り教材。左は安全な家具配置を考える模型、右は耐震実験用の模型

住まい方の知恵を学生から子どもたちへ

さまざまな活動をされている萬羽先生ですが、これからの目標はありますか?

萬羽先生:「住まいの学習っておもしろいな」と思ってくれる方を増やしたいです。家庭科というと調理実習や、被服制作のイメージが強く、住居の学習のことを覚えてる方は決して多くはありません。だから、私はこの大学4年間で学生さんに少しでも住居学の面白さを伝えていきたいと思っています。そして、その学生さんたちが教員になったときに、子どもたちに住居の学習の楽しさや面白さを伝えてもらえるとうれしいなという思いが強くあります。

そのためにも、自分の研究で得られた結果を家庭科の授業で教えるときに、どうしたらみんなが興味をもってくれるのか常に頭の中で考えています。研究者として論文という形で研究内容を伝えていくことも大事です。しかし、それだけでなく、実際に家庭科で教える内容に結び付けることを意識して、日々取り組んでいます。

最後に、教員という仕事に興味を持っている読者にメッセージをお願いします。

萬羽先生:教員って大変なイメージが強く、躊躇してしまうところもあるかもしれません。でも、誰かの生活やこれからの生き方を良い方に変えることができるチャンスがたくさんある仕事です。特に、家庭科の学びは、普段の生活に直接関係しているため、日々の生活を変えるきっかけになります。その変化は、「好きな香りをつける」「照明の位置を変える」など、ほんのささいなことかもしれませんが、自分の授業を通して何かを伝えることができるというのはとても魅力的だと思っています。私自身、家政学そして住居学が好きで、どのような教え方がいいかなと考える時間はとても楽しいです。そういう授業作りの楽しさにもぜひ目を向けてみてほしいなと思います。また、授業づくりのたねは大学の授業だけでなく、普段の生活のなかにもたくさんあります。日々の生活や身の回りからも授業づくりのたねをみつけてみてください。

 

編集後記

「この授業おもしろい!」というのが、萬羽先生の授業を初めて受けたときに私が感じたことでした。授業で使用するプリントや手作りの教材は、住居学という学問に対する興味を引くものばかり。家庭科を専攻する私にとって、それは目指したい理想の授業でした。なぜ魅力的なのか、それは萬羽先生自身も楽しんでいるからかもしれないと思いました。住居学を研究しようと思った理由や、どんな思いで学生や授業に向き合っているのかを知りたいと思い、今回の取材に至りました。 
中学時代を振り返ると、知識だけではなく、その教科の楽しさを教えてくれる先生に出会えたことが、私が教師を目指そうと思ったきっかけでした。萬羽先生や私の恩師のように楽しさを伝えられるような教師になりたいと改めて思った取材となりました。

萬羽郁子

生活科学講座 生活科学分野 准教授

新潟県十日町市出身。新潟大学教育人間科学部卒業、同大学院現代社会文化研究科博士前期課程修了。住環境についてより深く研究したいと考え、奈良女子大学大学院人間文化研究科博士後期課程に進学・修了。博士(学術)。近畿大学医学部環境医学・行動科学教室の助教を経て、2015年に東京学芸大学に着任。
専門は住居学。健康で快適な住環境と住まい方の工夫について研究しながら、家庭科住生活分野の授業・教材提案などを行っている。家庭科出身だが、布よりも紙やスチレンボード、包丁や針よりもカッターやボンドを使った模型作りが好き。

関連サイト
東京学芸大学 生活科学講座
きみは何を学ぶ科 第3回 A類・B類家庭科]

取材・編集/飯島風音、佐藤凜子