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せんせいのーとvol.26は健康・スポーツ科学講座の仲宗根森敦先生です。さまざまな種目があるスポーツのうち、特に器械運動を専門に、スポーツ運動学の研究をしています。「教え方を教える」仲宗根先生に、指導の上手な先生になる秘訣を聞いてきました。
仲宗根 森敦
健康・スポーツ科学講座 運動学分野
沖縄県浦添市出身。筑波大学体育専門学群卒業、同大学院人間総合科学研究科博士前期課程修了(体育学)。形式知とは異なる運動技能の習得過程について深く学びたいと考え、研究者の道を志す。びわこ成蹊スポーツ大学スポーツ学部の専任講師を経て、2017年に東京学芸大学に着任。
専門はスポーツ運動学及び体操競技・器械運動。特に学習者の運動感覚に寄り添って練習段階を考え、提示し、技能習得へ導く要因を研究しながら、体育の授業・教材提案を行っている。スポーツが好きで、昼休みの教職員とのフットサルが毎日の癒し。最近の目標は、幼稚園に迎えに行った時に3歳の息子に泣かれないようにすることである。
器械運動とはどのような種目ですか?
仲宗根先生:跳び箱やマット、鉄棒といった器具を用いて技をする運動のことです。大学ではそういった運動や体育の授業の作り方を教えています。
器械運動に関心を持ったのはいつですか?
仲宗根先生:大学からです。大学で器械運動の授業を受けて、「面白かった!」と終わっても残って取り組んでいる学生が私を含めたくさんいました。その光景がとても新鮮に感じたのを覚えています。「来週は休講です」という先生の言葉に、みんな「えー!」って残念そうにすることもありました。
休講になって学生が残念な表情を見せるほど、魅力的な授業だったんですね。
仲宗根先生:その授業をうけたときに、こういう授業をもっとたくさんの人に知ってもらいたいと思ったんです。この思いが大学教員を目指したきっかけです。おもしろい授業の背景には先生の作った綿密な授業計画と理論的な背景があります。そういう授業の作り方や、教え方の土台作りを学びたいと思い、スポーツ運動学の研究を始めました。
そのときの授業が今につながっているのですね!
仲宗根先生:その通りです。「できない子に『頑張れ』って言うんじゃない」という先生の言葉を今でも覚えています。どうやったらできるようになるのかを教えることが指導者の役目です。だから、できない子に「頑張れ」というのは、「私はもう教える手段がないです」ということの裏返しだと。今でもつい「頑張れ!」と言ってしまうんですよ。そういうときには、「もっとできるようにしてあげるために、どんなアドバイスが必要だろう?」と自分自身に問いかけるようにしています。
スポーツ運動学を研究されているということですが、どのような学問なのでしょうか?
仲宗根先生:運動を外的な運動経過だけなく学習者の運動経験や運動感覚に寄り添って指導を考えていく学問になります。たとえば跳び箱の前で止まってしまう児童生徒はいます。そのときに、助走の勢いが足りない、踏み切りが弱い、という欠点が見えたとします。これは外から見た運動経過になります。一方で、学習者に話を聞いてみると「以前、跳び箱で怪我をして…」あるいは「怖くて止まってしまった」と答えることも少なくありません。このような学習者には、もっと早く走ることや、強く踏切板をけることを指導しても、解決しないことが多くあります。このように、外側からだけではわからない、学習者の内的な運動経験や運動感覚をもとに指導法を考えていくのが運動学です。特に私は、「暗黙知」や「終末局面」という理論に注目しています。
スポーツにおける「暗黙知」とはどのようなことを指すのでしょうか?
仲宗根先生:言葉や図で表せる知識を「形式知」というのですが、その反対が「暗黙知」です。つまり、経験や勘に基づいた、人に説明することが難しい知識のことです。例えば、絵が上手な人って、上手だということは分かるけれど、どういう風な能力があるのかというのは言葉や図で表せません。その人に教えてもらえたからといって、上手な絵が描けるようになるとは限りません。体育に置き換えれば「知識はわかるけれど、実際にできるかと言ったら別問題」であることを言います。体の動かし方をどういう風に伝え、習得させていくかという暗黙知はスポーツ運動学での1つのテーマになっています。名コーチみたいに教え方が上手な人っていますよね。理論はわからないけれど、指導が上手というのは、暗黙知を伝えることに長けているということなのです。暗黙知を習得させるための指導方法を考えることは大事だと思っています。
もうひとつの「終末局面」についても教えてください。
仲宗根先生:終末局面は一連の動作の最後の場面のことです。例えばボールを投げる動作は投げる前、投げる瞬間、投げ終わった時の3つの局面に分けられますよね。この場合、「投げ終わったとき」が終末局面です。一連の動作ができるようになるのに重要な役割を担っています。例えば、跳び箱。跳ぶときって怖いですよね。でも、跳んだあとの着地場面が想像できれば、「自分もできるかもしれない」と思えるかもしれません。終末局面から分かっていくことで、「どうなるか分からない」怖さを取り除いて、成功への練習ができるのです。
暗黙知や終末局面の話を聞いて、「ただやり方を教えること」以上の指導について、具体的なイメージが湧きました!
仲宗根先生:大学教員として「教え方を教える」ということを考えたときに、一方的にやり方を伝えるのではなく、学習者をベースに考えないといけないと思いました。指導者は知識や技術といった「やり方」を伝えますが、実際に体を動かすのは学習者なのです。学習者にとって、何が大事なのかを理解して指導するために、暗黙知や終末局面といった研究は大切だと思っています。
大学で授業をするときに大切にしていることはありますか?
仲宗根先生:明るく、ポジティブに、肯定的な雰囲気で授業をすることを心がけています。体を動かすことは、教養のひとつともいえます。運動をしたらいいことはたくさんあるけれど、極端に言えばやらなくてもいいわけです。体を動かすことが楽しいと思えなかったら、教養にすることさえしません。できるだけ多くの生徒に運動の楽しさを味わってもらえるような時間にできるように意識しています。
これからの目標を教えてください。
仲宗根先生:もっといろいろなスポーツに挑戦したいと思っています。実際に自分がやってみるからこそ分かることはたくさんあります。私の場合はまさに、スキーがそうです。28歳で初めて滑ったときに、スキーの何が怖いのかが分かったんです。そういう感覚は、動画を見たり、本を読んだりするだけでは、なかなか得ることができません。初めてやる人が怖いと感じるポイントがどこなのかを自分自身が知っておくことは、教えるときにとても大切なので、やったことがない種目にもチャレンジしていきたいです。
最後に、学芸大学を目指す受験生にメッセージをお願いします。
仲宗根先生:学芸大学は縦のつながりが強く、そして同じ目標を持つ人が多く集まっている特別な場所です。きっと、ここでしか得られない刺激をもらえるはずです。一緒に運動の「教え方」を学びませんか?
理論を伝えるだけでは、できるようになるとは限りません。しかし、理論を交えて教えることで、多くの「できた!」が生まれるのかもしれないと思いました。
仲宗根先生の研究室では、実際に体を動かしながら学びを深めることが多いといいます。「結局、自分は体を動かすことが好きなんです」微笑みながらそう話す仲宗根先生の姿が印象的な取材となりました。
取材・編集/飯島風音、石川智治