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緑に託す未来への希望。アリ先生がシロイヌナズナに懸ける思い。

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Vol.25 フェルジャニ・アリ先生

今回取材したのは自然科学講座のフェルジャニ・アリ先生。チュニジア出身のアリ先生が研究されているのは植物学。「オレンジジュースは液胞ジュース」「ステーキも元をたどれば植物…?」身近でありながら知らない、魅力の詰まった植物学をアリ先生が語り尽くします。

FERJANI Ali

自然科学系 生命科学分野 准教授

チュニジア共和国、チュニス出身。Faculté des Sciences Mathématiques, Physiques et Naturelles de Tunisの生物学科卒業後、文部省の国費留学生として来日。岡山大学留学生センター日本語研修コース修了。同大学大学院理学研究科生物科学専攻 修士課程修了。総合研究大学院大学生命科学研究科分子生物機構論専攻に進学・修了。博士(理学)。基礎生物学研究所の日本学術振興会外国人特別研究員及び東京大学大学院理学系研究科のポスドクを経て、2008年に東京学芸大学に助教として着任。同大学で2013年に准教授に昇任。専門は植物分子発生遺伝学。茎とそれについている葉とは、種子植物の地上部を構成する主要器官であり、この発生制御機構を解明することは、植物の形態形成を理解するための鍵である。本研究室では、シロイヌナズナをモデルとして、葉と茎のサイズや形の制御に関わる分子機構の解明に取り組んでいる。

 

遺伝子から読み解く植物の謎

どんな研究をされていますか?

アリ先生:植物がどういう仕組みで成長し、形作られているのかを遺伝子のレベルで研究しています。たとえば植物は葉っぱの大きさが決まっていますよね。ある大きさまで成熟するとそれ以上大きくならない。大きくならないのはなぜか、どんな遺伝子が関わって成長を制御しているのかなどを研究します。学問的には「分子発生遺伝学」といって、アブラナ科のシロイヌナズナを研究対象としています。

栽培室にあるシロイヌナズナ

研究対象をシロイヌナズナにしたのはなぜですか?

アリ先生:一番は、研究するのに便利なモデルだったから。シロイヌナズナは全ゲノムが2000年に解読されました。私が研究を始めたのはそのちょうど4年後です。種を蒔いて約6週間〜2ヶ月で次の種が収穫できるので次の世代までが早い。さらに、小さいので環境の調整や大規模観察がしやすい。
シロイヌナズナは「モデル植物」として世界的にも多用されており、研究者は数万人規模です。だから情報交換や共同研究にも取り組みやすい。また、27000ある遺伝子の半分近くは、機能が欠損した変異体のコレクションがすでにあり、インターネットで手軽に取り寄せられます。値段も約7〜10$と手頃。約1カ月でアメリカから送られてくるんですよ、すごい時代です。競争はその分激しいですが、そういった研究との親和性がシロイヌナズナを選ぶ理由ですね。

幼いころから続く植物とのつながり

植物に興味を持ったきっかけは?

アリ先生:母親の影響が大きいかな。チュニジアの家の庭では、母がさまざまな植物を育てていました。みなさんに馴染みのあるものだとトマト、ピーマン、とうもろこし、木でいうとオリーブ、いちじくやぶどうなど。
春になって一気に咲く花々を子どものように可愛がる母の姿は、今でも覚えています。庭の水やりや植物の世話を任されたのも嬉しかったですね。それから、動物と違い植物はじっと同じ場所で成長していく。その迫力のある姿に心を奪われました。

チュニジアの庭にあるオリーブの実

日本にはいつごろから?

アリ先生:大学までチュニジアにいました。3年生から生物学を専攻し教員免許も取り、いよいよ卒業という時に、ふと立ち止まったわけです。このままチュニジアにいるべきか、と。自慢話になってしまいますが、当時勉強をよくしていて、成績がチュニジアでトップでした。大統領賞もいただきました。そこで、「海外に出てもっと高いレベルで研究してみたい」という思いが湧きあがったんです。
最初はフランスやカナダなどの国を考えましたが、どこも学費が高い。そんなときに聞いたのが、日本の「国費留学生」という制度でした。聞いてすぐエントリーしたら選考に通り、3年滞在のつもりだったのが今なんと26年目です(笑)。

知れば知るほど奥深い植物学

生物学や植物学の魅力を教えてください。

アリ先生:魅力しかないですね。一つは、日々発見が生まれる学問だということ。山中伸弥先生はマウスの皮膚の細胞から、さまざまな細胞のもととなる万能細胞「iPS細胞」を作ることに成功しました。これは、臓器再生にもつながります。今一番生活に結びつく発見がなされている元気な学問は、生物学と断言できます。
もう一つは、地球と密接に関わっている学問だということ。突然ですが質問。どこにでも生えている天然の木は元をたどるとなんでしょうか。

水ですか?

アリ先生:惜しい!答えは「光」です。植物に日が当たることで光合成をして、私たちが生きるために必要不可欠な「酸素」を作る。そして問題になっている「二酸化炭素」を気孔から中に入れて水の分子に固定し「デンプン」を作る。その「デンプン」が私たちの食べ物になって、生活を支えてくれる。
だから、光や光合成生物が無ければそもそも地球が成り立たない。私たちが抱えている地球温暖化などの問題は人間が行う工業活動が原因です。でも植物はそのすべてを解決することができるし、森を壊さなければ地球は元気でいることができる。これ以上の魅力はないでしょう!

緑を守るために私たちができることはありますか?

アリ先生:なによりもまず植物を理解したり増やしたりすること、ですかね。植物のことを考えるきっかけは身近にもたくさんあります。母の日にはカーネーションを渡しますよね。恋人には花束を渡します。披露宴では花で飾りつけをします。私たちの生活は見た目や香りで私たちの心を和やかにしてくれる「華」のある植物で彩られています。
また、果物も植物です。オレンジジュースを飲みますよね。このオレンジジュースは植物学者からすると細胞内小器官の液胞の中に溜まったエキスなので液胞ジュースなんです。それに、おいしいステーキだって元をたどれば植物です。牛が植物を食べて、その牛を私たちはいただいているんですから!
身の回りに溢れているさまざまなきっかけから「私たちは植物に生かされている」ということを知ってほしい。そして植物の不思議とその魅力を味わってほしい。それが私の思いです。

植物を研究していてよかったと感じることはありますか?

アリ先生:私は植物学者でとても幸せです。植物や自然ならではのたくましさから多くのことを学べるから。そこに生えている木を見てみてください。木を始めとする植物は移動できないですよね。でも雪が降っても、風が吹いても、暑くても寒くても元気に生きている。雨が降ったらうれしいけど、降らなかったら我慢する。そして毎年春になるときれいな花を咲かせる。素敵だと思いませんか?

たくましいですね。

アリ先生:都会だとアスファルトとコンクリートの無機質な世界が広がっています。でも、子どもの時から自然に一歩踏み出して、植物の生命力を感じてほしい。また、私たちが植物からもらっている無数のありがたさを再確認してほしい、そう思います。

研究室で出迎える植物たち

緑に託す未来への希望

目標を教えてください。

アリ先生:チュニジアの3分の1ほどは砂漠です。だから若いころは、研究してテクノロジーを使って「砂漠を緑豊かな土地に変えてみせる!」という夢がありました。ただ、だんだんとその夢があまりにも壮大なスケールで、個人や小さな団体では難しいと分かってきました。
でも今年の7月に、参加者引率で訪れた国際生物学オリンピックの開催地、UAE。ここは48度の灼熱でほとんどが砂漠であるはずなのに世界最大の建物である828mのボルジュハリファがあって、世界中の人々が集まっている。その姿を見て、UAEのような資金力、技術力があれば砂漠を変えることは可能なのではないかとあらためて思いました。
「砂漠化を食い止める」「地球環境に優しい緑地を増やす」一度捨てかけた夢ですが、定年退職して元気だったら、いろいろな人を巻き込んで挑戦したいと思います。スケールが大きいですが、目標です。

 

せんせいのーと はみ出しコラム

~『愛なき世界』とアリ先生~

 

この記事を読んで「もっと知りたい!」と思ってくださったみなさまに送るはみ出しコラム。今回は、『愛なき世界』という本を紹介します。

 

『愛なき世界』 三浦しをん・著(中央公論新社)
恋のライバルが、人類だとは限らない!?洋食屋の見習い・藤丸陽太は、植物学研究者をめざす本村紗英に恋をした。しかし本村は、三度の飯よりシロイヌナズナ(葉っぱ)の研究が好き。いとおしい変わり者たちと、地道な研究に人生のすべてを捧げる本村に、藤丸は恋の光合成を起こせるのか―

植物を取り巻く登場人物の優しさ、研究への絶えない情熱に引き込まれること間違いなしのこの作品。三浦しをんさんは、この本を執筆するために、アリ先生の研究室へ取材に訪れたそうです。だから、物語という形であっても植物やシロイヌナズナのことをリアルに、そして深く知ることができます。「面白い!」とアリ先生も太鼓判を押すこの作品、興味を持った方はぜひ読んでみてはいかがでしょうか?

愛なき世界 特設ページ(中央公論新社)
編集後記

子どものときは鮮明に映っていたものが、大人になると見えにくくなる。道端に生えるシロツメクサやアザミ、クローバー、たくさんの植物が周りにはあって健気に咲いているはずなのに、大きくなると目を向ける機会が少なくなってしまいます。植物に大きな情熱を持ったアリ先生への取材は、その魅力を再認識するものとなりました。それだけでなく植物の新たな側面も見ることができました。「植物が世界を救う」大げさかもしれませんが、植物の可能性を信じ、植物のことをもっと知っていくことで変わる環境もあるかもしれません。今回の記事を通して、私のように植物に興味を持ってくださる方が増えたら幸いです。

関連サイト
Tokyo Gakugei University FERJANI ALI Lab

 

取材・編集/小沢真奈、飯島風音、山内優衣