教育を面白くするメディア 「エデュモット」EDUMOTTO東京学芸大学公式ウェブマガジン

edumotto

せんせいのーと

より良い英語教育を。臼倉美里先生インタビュー

SNSで記事をシェア

vol.20 臼倉美里先生

お待たせいたしました! edumotto版「せんせいのーと」第三弾は英語科の臼倉美里先生です。「英語教育をより良くしていきたい」という信念のもと、学生に対してだけでなく、現役の先生方にも寄り添い、背中を押すことができるような活動を続けている臼倉先生。その熱い思いの源とは。

先生のご専門について教えてください。

臼倉先生:私の専門は中学校・高校の英語教育です。ただ、普段は大学生にも英語を教えていますし、最近は小学校で英語が教科化されたこともあって、あらゆる年代を含めた英語教育と広く捉えていますね。もっと言うと、大学を卒業したあとの生涯学習としての英語教育にも興味があって、世の中の人みんなにとっての英語教育をよりよくするために大学で研究をしています。

いま実際にやっている研究活動は、大きく分けて二つあります。ひとつは、日本人英語学習者の英語読解に関する研究で、個人的に興味があり取り組んでいます。英語の文章を読むとき、一文一文の和訳はできるのに、全部訳し終わった時に、「あれ?何について書かれていたんだっけ?」となった経験はありませんか? 本来は一文一文が訳せていれば、それらを合わせることで意味が分かるはずですが、英語学習では時としてこのようなことが起こります。私はこの現象に興味があり、それが起こる原因や、どうしたら起こらないのか、もし起きてしまった場合、生徒が克服をするために教員はどのような支援ができるのか、ということを研究をしています。

確かに、最終的に文脈が理解できないことってあるので、とても興味深い内容です。研究を進める上で注目していることはあるのでしょうか?

臼倉先生:現在は特に、代名詞に注目しています。何を指しているのか読み取ることが文と文のつながりを理解して読み進めるために不可欠だからです。日本語と英語という言語間での代名詞の用法の微妙な違いに注目し、英語の学習や指導におけるその影響の程度を調べています。
英語教育といっても、範囲はかなり広いですから、多くの人が頑張って研究を行っても、分からないことというのはまだ多くあります。代名詞に注目した私の研究もすごく細かいことかもしれません。それでも、そのようなことを一人ひとりの研究者が積み重ねていくことで、ゆくゆくは英語の先生が安心して授業づくりができるような世の中になってほしいなと思います。

もう一つはどのような活動なのでしょうか?

臼倉先生:『Sherpa』という、高校英語授業改善プロジェクトです。ひと言でいうと、高校教員を中心に、現場の先生方を支援するための活動です。これは、他大学の先生方とチームを組んで11年前から取り組んでいます。『Sherpa』という名前の由来の一つに、シェルパ族があります。シェルパ族とは、ネパールに住む少数民族で、山のことを良く知っているため登山家の方々を助けて、山頂に導いてくれるのです。そこから派生して、今では山登りのガイドさんをシェルパと呼んでいます。ですから、生徒たちのために、「より良い授業を作りたい」「自分のスキルを伸ばしたい」「授業を作るためにいろいろなデータが欲しい」といったことを考えている高校の先生方に寄り添い、サポートするためのプロジェクトです。

たとえば、生徒の学力を把握していないと良い授業を行うことはできませんよね。でも、実は高校生が中学英語をどのくらい使いこなせているかについては、あまりデータがなかったりするのです。そのため、中学で学んだことはすべて身に付いているという前提で高校の授業が進んでしまい、新たに学んだことが積み重なっていかないというような現象が起きています。また、『Sherpa』を始めた当初は、高校英語の授業モデルのようなものが存在していなかったので、先生方が訳読中心の授業から抜け出せず、生徒の英語力を十分に伸ばせていないというような問題もありました。そこで高校生の英語力を調査してデータを提示したり、具体的な授業モデルの提案に取り組んできました。

外国語教育に興味をもったきっかけについて教えていただきたいです。

臼倉先生:私は、高校教員として教員生活をスタートしました。ある日、顧問をしていた部活の生徒が、予習として教科書の本文を一文一文訳したノートを持って「先生、予習で訳したんですけど、結局何を言ってるのかわからないんですよ!」と尋ねてきました。きちんと訳すことは出来ていて「どうしてだろうね?」と原因を探っていくと、代名詞自体を訳すことはできているのに、何を指しているかを考えていなかったことがわかりました。私自身は、代名詞が何を指しているのかを注意しないで英語を読むことがなかったため、そのような読み方をしてしまうことにある意味でショックを受けました。

そこから、この生徒は文章中の代名詞が指していることが簡単につかめないのかもしれない。だから、一文一文を訳すことはできても、何を書いているのか分からないのかもしれない。それならば、その状況を改善してあげたい、という気持ちになりました。これが日本人の英語学習者がどのようにして英語の文章を理解しているかというプロセスに興味を持ち始めたきっかけです。

学生時代についてお伺いします。学生のころから英語に興味があり、好きだったのでしょうか。

臼倉先生:小学生の頃『トップガン』という映画をみてトム・クルーズに一目惚れしてしまったことがきっかけです(照)。「かっこいい!この人は誰だろう」と思い、たくさん調べました。もともと子どもの頃から習い事を通して英語に触れる環境はあったため、彼が話しているのが英語だということは分かりました。「いつかトム・クルーズにばったり出会えたときに、英語で会話をするんだ!」という決心のもと、英語を頑張ろうと思ったことが出発点でした。そんなことありえないんですけどね(笑)。彼の作品は字幕なしで一言一句聞き取りたかったので、相当見ましたよ。どうしても聞き取れないところはスクリプト集を買って、確認することもありました。でも、それは苦ではなく、楽しかったからやっていたのです。

それから中学生のとき、海外研修のホームステイ先で出会ったアメリカ人の同い年の友達が素敵で、好きになってしまって。そこからは月に1、2回の文通をする日々が続き、それはすごくモチベーションになりました。手紙を理解して、自分の言いたいことを英語で伝えたいという思いで一所懸命にやっていました。
トム・クルーズとの出会いや文通のやり取りを通して、英語にたくさん触れて、実際に英語を“使う”という経験を日本にいながらできたのは、自分の英語学習にとって、とても大きなことでした。

大学で授業を行う中で意識していることはありますか?

臼倉先生:常に目指していることは、ひとつでも何かを改善しようということです。どの授業も、その時はベストな授業を作ろうと思っていますが、それで満足してしまうと教員として成長できません。そのため、絶対にどこか一カ所は改善して、より良い授業を目指すことを意識しています。上手くいっていることでも、自分の中の精度や教員としての力量を上げるために、あえて改善点を見つけるようにしています。受講する学生さんが違うと、必ず何かが変わるので、自分のやり方が同じでも、うまくいかないことは当然出てきます。いい相乗効果というか、一生懸命取り組んでくれる学生の力をもっと伸ばすことができる方法を考えているという点では、毎年刺激をもらっています。

毎年一つ新しいことに挑戦するというのは、教員になりたい身としては本当に見習いたい姿勢です。

臼倉先生:すごく小さなことも含みますよ。きっと学生さんは気づかないと思います(笑)。
コロナ禍においては、オンラインでの授業を余儀なくされたので、自分でも驚くほどに、自分自身の授業を見つめ直しました。オンラインだからといって、対面授業を受けていたころに得られていたものが得られないというようなことにはしたくなかったのです。オンラインという制約によって、時間を上手く使う、説明を簡潔にする、指示を明確にするといったことを考えるいい機会になり、対面授業に戻ったときの自分の授業づくりにもいい影響を与えています。見つめ直す機会をもらったことで、授業に関して自分が納得して改善できましたね。

学生に向けてメッセージをお願いします。

臼倉先生:大学の授業は、知的好奇心が刺激されて楽しいと思います。ただ、自分が得たことを鵜呑みにするのではなく、一度疑ってみる作業を常にしてほしいです。一度「自分はどう思うのか」というフィルターを通すイメージですね。どの職業もそうですが、特に教員はクラスを受け持つ中で、自分だけで決断しなければいけない場面が沢山あります。その時、自分はどう考えるのか、という思考を巡らせなければ、適切な判断や自信を持った判断ができなくなってしまいます。あるいは判断を間違えた際に、それを受け止めて前向きに進むということが難しくなってしまいます。学生生活を次につながるものにしていくためにも、ぜひ「自分はどう思うのか」ということを考えながら学んでいってください!

英語に興味がある中高生や大人の方たちにもメッセージをいただけますか。

臼倉先生:自分の好きなことや興味のあることをきっかけにして英語に触れてほしいです。たとえば、サッカーが好きなら、自分の好きなサッカーチームに関する英語の記事やウェブサイトを覗いてみたりするのもいいですね。そうやって毎日少しずつ英語に触れる時間を確保すると皆さんにとって英語学習のプラスになります。好きなことをきっかけに、気軽に英語に触れてみる時間をたくさん作ってほしいです。
生涯学習として英語を勉強したい方も、応援したいです。大人になっても、自分の好きなことに興味をもって勉強している姿は、子どもたちにとって、すごくいいロールモデルになります。私自身、英語教員として一緒に勉強する機会があればぜひご一緒したいですね。

最後に、臼倉先生のこれからの目標を教えてください。

臼倉先生:個人的な目標としては、自分の英語力をもっと伸ばしたい、これはおそらく一生続くと思います。言語についての知識はもちろん、その後ろにある文化などの知識もまだまだ足りていないと思っています。自分の英語力を上げるための努力を続けていきたいです。

もう一つは、より良い先生になりたいということです。学芸大学で担当している授業をもっと良い授業にしていくためにその精度を上げたい。また、先ほどお話したSherpaというプロジェクトを続けていくことで、現場の先生たちが一歩踏み出して「生徒のために自分の授業を変える」という行動を起こしてもらえるところまでサポートできるように模索していきたいです。
何十年後かにでも、「高校の英語の授業が5、60年前よりは良くなったよね」と後の世代の人が振り返ってくれればいいなという気持ちで、今自分ができることを一日一日やっていきたいと思います。

ありがとうございました。

臼倉美里

外国語・外国文化研究講座 英語科教育学分野 准教授

東京都出身。大学卒業後に5年間,都立高校英語科教諭として勤務。その間,東京学芸大学大学院修士課程の夜間コースに在籍。修了後に博士課程に進学し,都立高校を退職。2013年に東京学芸大学に着任。専門は英語教育学。日本人英語学習者の読解プロセスにおけるメタ言語的知識の必要性や,日本人高校生の英語習得状況・発達過程を調べる研究や,高校英語授業改善のための提案,研修を行っている。教員養成大学だからこそできる学生指導の在り方や,変えたい,変わりたいと思っている学校現場の先生方をサポートするためにできることを模索・試行し続けている。

取材・編集/森本綺莉、飯島風音