教育を面白くするメディア 「エデュモット」EDUMOTTO東京学芸大学公式ウェブマガジン

edumotto

みちしるべ

アートが引き出す“自分らしさ” 感じたままに表現する機会を

SNSで記事をシェア

みなさんは、学校の「授業」と聞いてどのような光景をイメージしますか?自分の手元に教科書。先生の目線の先にも教科書。「今日はこの単元を進めます。〇ページを開いてください」。静かな教室に先生の声が響く。こんな場面が思い浮かんだ人もいるかもしれません。しかし、ひとつの学習目標に向かって一直線に進んでいくような時間だけが「授業」なのでしょうか。「アート」の視点から新たなまなびのカタチを追求した高荷春菜さんにお話を聞きました。

高荷春菜さん

2008年東京学芸大学教育学部K類国際理解教育課程(現在のA類国際教育課程)を卒業。同大学院に進学し、(一財)地域創造での職務経験を経て、2013年に修了。青年海外協力隊として、南米エクアドルにて2年間、青少年の情操教育と教育の質の向上に努める。2016年より約7年の間、認定NPO法人STスポット横浜で、 地域連携事業部・教育事業のディレクターとして活躍。現在は社会教育士。

<仕事内容>
認定NPO法人STスポット横浜では、その活動の一つとして、音楽、演劇、ダンス、美術、伝統芸能などに関わる様々なアーティストが、学校で授業をするという取り組みをしている。高荷さんは、アーティストや先生方と共に話し合いを重ね、それぞれの意見を反映させながら授業づくりを支える、コーディネーターとして活動していた。これまで、小・中学校、特別支援学校等で、さまざまな授業を生み出してきた。

アートの即興性 生かした授業

2022年10月、横浜市内の小学校の特別支援学級。この日はあるパフォーマンス集団を講師に、ダンス・音楽・工作が混ざり合ったジャンル横断的なワークショップに取り組んでいた。教室の片隅には小さな工作コーナー。踊るのが苦手な子への配慮だった。あくまでメインはダンスだったのだが、「じゃあ、今から水飲みタイム!」という声を聞いた途端、子どもたちは一斉に工作コーナーに駆けていったのだ。休憩時間が終わっても離れようとしない。
「あぁ、きょうの授業計画が…」。心配そうに様子を見つめる先生たち。その一方で、アーティストたちはうれしそうだ。「きょうはこっちでいきましょうか」と子どもたちのエネルギーを止めない選択をしたのだった。

「こちらが想定した流れから外れたとしても、子どもたちの興味・関心が向いている瞬間に生み出せる何かがきっとある。アーティストはそう信じていたんだと思います」。ワークショップに企画段階から携わり、当日も教室の様子を見守っていた高荷さんは、当時を思い浮かべながら楽しそうに語った。初めは自分のことを上手く表現できず、もどかしそうな表情を浮かべる子どももいる。しかし、一回、二回と授業を重ねるうちに、段々と殻を破り、自分を表現しようとするようになっていく(なかには二年目でようやく、という子もいる)。自分の思いやアイデアをどうにか形にしようと夢中で取り組む。子どもたちの一生懸命な姿は、周りの人の心も動かしていく。子どもの様子を見に来ていた保護者は「うちの子にもこんなに輝いている時間があるのですね」と、成長を心から喜んでくれるという。

こうした実践のことを、高荷さんは「アートによる教育」と呼ぶ。授業のなかで子どもたちは、感じたまま、ひらめいたまま、自分が思う通りに自由に表現する。それは、先生があらかじめ設定したゴールに向けて進んでいく授業とは一味違う。行き着く先は、その日その時、子どもの気持ち次第で自由に変わるのだ。「芸術に触れることを通して、他人の意見、自分の考えを大切にしながらじっくりと物事に打ち込む経験を積むことができるんです」。アートが子どもたちにもたらす可能性を信じて活動を続けてきた高荷さん。その原動力には、幼少期から抱き続けてきた学校教育への違和感と、心の拠り所としてきた芸術活動への特別な思いがあった。

私を救ってくれた芸術 学校にはなかった価値観と出会って…

学芸大学に入学したが、学校や先生にポジティブなイメージを持っているわけではなかった。テストの点数。運動会のかけっこ。日々の学校生活には、評価を前提にした構造があった。芸術科目の授業でも、最終的には一人一人に成績を付ける必要がある。
「気づかないうちに競争の意識が芽生え、級友を見下したり逆に自分がねたまれたりする感覚がありました。そういう学校が私はずっと嫌いだったんです」
そんな中、自分の居場所を見出したのが、ピアノ、ジュニアオーケストラ、モダンバレエといった芸術関係の習い事だった。自分なりの鑑賞や表現を磨き、認めてもらうことで救われた。「できるか、できないか」の二者にくくられることのない環境。気づけばそこが、本当の自分の気持ちや姿を知ることができる、かけがえのない場所になっていたのだった。

モダンバレエ教室には小学校入学前から高校卒業まで通った。上手くなくても体型にコンプレックスがあっても関係なく、踊ることのよろこびを教わった。

“正解”はその子の中に 個性を引き出す外部人材

 一人の人間として社会に出る上では、点数として可視化されにくい人間的な力やその人の特性も重要ではないか。高荷さんはそんな思いから、芸術教育の可能性をつきつめたいと思うようになった。しかし、現実は簡単にはいかない。学校現場には、芸術活動で育まれる技術や能力、感性をくみ取りにくい現状があるのかもしれないと高荷さんは思う。
「自由に表現していいよ」と伝えると、戸惑いを見せる子どもがいる。「どう表現したら正解なの?」「先生は私たちに何を求めているの?」と訴えかけるように。「アートによる教育」は、そんな子どもたちの心を優しく開放する。音楽を鑑賞したり景色や絵画を見たりして何を感じ、その気持ちをどのように表現するか。自分自身と向き合い、自分で考えて決める力を育む。

ここで存在感を発揮するのが、コーディネーターやアーティストといった外部人材だ。ワークショップの授業がある日のみに顔を合わせる、家族でも先生でもないおとな。学校の評価を前提にしたシステムや価値観の「外側」に立つ彼らの発想や視点に触れる子どもたちは、新たな世界を垣間見ることができる。
現場の先生と意見が食い違うこともある。しかし、子どもたちの成長をサポートしたいという信念は同じだ。互いの気持ちを確認しあいながら話し合いを重ね、授業後には子どもの様子を丁寧に振り返る。
学校をすべての子どもたちにとってキラキラ輝けるステージにするために、チャレンジを認めてあげられる場所にするために。その道のりは、高荷さんにとって自己実現の過程でもあるようだった。

横浜市内の小学校の特別支援学級で行った舞台芸術集団「山猫団」によるワークショップ(2021年)。体育館にマスキングテープで小学校の周りの地図を描いた。坂をゴロゴロ転がったり、トンネルをくぐったりと、さまざまな通り方でヘンテコな道を楽しんだ。

新たな学びがもたらすものとは ~常に自分を更新し続けて~

高荷さんは現在、これまで自身が携わってきた活動を離れ、新たな挑戦の準備をしている。今までとは全く異なる分野を大学で学ぶことも視野に入れ、自分の想いを実現するための道を探っている最中だ。社会は目まぐるしく変化し、学んだことはすぐに古くなる。そんな社会に出ていこうとする大学生に、高荷さんはエールを送る。「就職しても『自分にはこの道しかない』と思わないで。いつでも学び直せる時代だから」
そう語るのは、「アートによる教育」で変化する子どもたちを見てきたからではないだろうか。自分自身で選び、考え、道を拓く。目を輝かせながら取り組む姿は、アートが教育にもたらす可能性を示すと同時に、高荷さん自身が“これから”の人生を歩む姿ともシンクロする。
「新しく何かを学ぶということは、その度に自分を変革して世界の見え方を変えるような、創造的な営みだと思うんですよね」。常に未知の分野を自分の中に取り込んで、自分自身を更新し続けていくことが「学び」なのだという。高荷さんの言葉には、これからの時代に必要なものを選び取り、しなやかに生きていくためのヒントが散りばめられていた。

取材・編集/赤尾美優、入戸野舞耶、斎藤育