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みちしるべ

“つながり”を実感できる声の響きに包まれてー五線譜のない音楽づくりの現場から

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宮内康乃さん【みちしるべ】

しばらく記事公開が滞ってしまいましたが、久しぶりの更新です。東京学芸大学に通う学生がインタビュアとなって、さまざまな分野で活躍する卒業生が歩んできた道のりや将来の展望にせまるコーナー「みちしるべ」。今回のゲストは宮内康乃さん。作曲家としてマルチに活躍している宮内さん。現在の路線を確立するまでの紆余曲折、これからの音楽教育のあり方について語っていただきました。

インタビュア:入戸野舞耶 山内優依

宮内康乃 さん

2004年度東京学芸大学教育学部G類芸術文化課程音楽専攻(作曲)を卒業。作曲家。音楽パフォーマンスグループ「つむぎね」主宰。独自の作曲法を用いた作品づくりや、参加者みなで音を紡ぐワークショップ活動を展開している。主な作品に聲明曲「海霧讃歎」(2012年)。学部時代には写真部と映画研究会に所属していた。

映画音楽制作から学んだ“音楽とアートの融合”

山内:現在は作曲の活動をされているということですが、学芸大学ではどの学部を専攻していたのですか?

宮内さん(以下敬称略):初めはA類音楽選修に入学し、途中で転類していまはなくなってしまったG類音楽専攻を卒業しました。

入戸野志望したきっかけはなんですか?

宮内:大学ではとにかく「音楽を専門に勉強したい」という気持ちがありましたね。高校時代に伴奏のお手伝いをしていた合唱部のコーチの方や憧れの先輩が学芸大学に通っていたことから興味をもちました。それと、単科大学である音楽大学と比べて、学芸大学にはいろいろな学科がありますよね。多岐にわたる学問を専攻する学生がいる環境は、広がりがあって刺激が多く得られそうだと思い志望しました。

入戸野:学部時代の思い出を教えてください。

宮内:音楽専攻以外の学生と交流する機会をもちたかったこともあり、もともと興味のあった「視覚的なアート」に携われる写真部と映画研究会(以下、映研)に所属していました。特に映研では映画音楽を作っていたのですが、美術専攻の学生と作品を作って学園祭で校舎の壁にゲリラ的に流してみたり、和太鼓サークルの知り合いや音楽専攻の友人など、いろいろな人を巻き込んで録音したり。そういった活動を積極的に行えていたのが、すごく楽しい時間でしたね。
監督のイメージを音でどのように表現するかを考えて実際に映像に合わせてみると、映像の見え方がまったく変わるんですよ。「音楽が他の分野のアートと合わさることで一つの世界になる」ということに気づき、さらに興味が広がりました。

タイにある子どもの生活施設バーンロムサイでワークショップを実施した様子(提供:宮内さん)

大学院で気づいた本当の興味、聲明との出合い

入戸野:現在はどんな活動をしているのですか?

宮内:自身が主宰する音楽パフォーマンスグループ「つむぎね」で、声を使った独自の舞台パフォーマンスを発表したり、「聲明(しょうみょう)」という、お坊さんが唱える仏教声楽の新しい曲を作る活動をしています。1200年以上前に仏教が日本に伝来したときから、脈々と受け継がれている音楽です。「お経」と聞いてみなさんがイメージするような一定のビートで淡々と唱えるものではなく、旋律があります。非常に豊かで美しい響きがあるのも特徴です。

山内:大学卒業後はどのような進路選択をしましたか?

宮内:他大学の大学院に進学しました。より広く、芸術全般を知りたいという思いから、音楽専門の学校ではなく、最先端のメディアアートを学んでみたかったんです。しかし、授業のなかでプログラミングや高度なテクノロジーに触れるうちに、それとは真逆ともいえる「人間の体から生まれる、有機的な響き」に魅力を感じる自分がいました。そこで、「音楽はなぜ生まれたのか」という根源的な問いまで戻って考えたときに、民族音楽の世界につながっていきました。楽譜が存在しない、人から人へ口伝で伝わる音楽に向き合ったとき、これまでは西洋音楽という五線譜の枠組みのなかでしか音楽を捉えていなかったと気づかされました。結果として、「シンプルでプリミティブな音楽を突き詰めていきたい」という答えにたどり着けたのは大きい体験だったなと思います。

入戸野:大学院に進学したら、その分野を極めて活躍していくという印象があったのですが、お話を聞いて覆されました。自分の関心を再認識し、方向転換をする契機にもなるんですね。

宮内:いま思うと、学芸大での学部時代の卒業制作は「波紋」というタイトルの曲で、金属系の楽器を「チーン」と鳴らして余韻や間を聴くような作品なんです。それはどちらかというと五線譜で書けないような音でもあったんですね。そうすると、いまやっていることとあんまり変わらないなと思います。もともと興味はここにあって、それが自分に合っているスタイルだとようやく気づけたのが大学院時代でした。全部がつながっているのかなと思います。だから、大学院に進学したことはとてもよかったですし、この経験がなければいまの自分はないですね。

2012年に作曲・初演された『海霧讃歎(うみぎりさんだん)』。東日本大震災による津波で亡くなった女性が生前に残していた和歌をテキストに、宮内さんが作曲した聲明曲です。

世界各国でも好評!声でつながるワークショップ

入戸野:宮内さんは精力的な創作活動をしながらワークショップも主宰しているということですが。始めたきっかけはなんですか?

宮内:つむぎねのパフォーマンスを観に来てくれた人から、「自分も声を発したくなる」ということばを多くいただいたことです。つむぎねで行っているのは、それぞれの呼吸のリズムをそのまま生かした声の響きのハーモニーやビートで構成された表現なのですが、誰でもできるとてもシンプルなアプローチなので、それをグループだけに閉じるのではなくて、いろいろな人が参加できる形でやってみたいなと思うようになりました。おかげさまで、小学校や福祉施設といった場所で実施する機会をいただいています。

インドネシア・ジョグジャカルタで実施されたワークショップの様子。子どもたちのいきいきとした様子が伝わってきます。(提供:宮内さん)

実際のワークショップの動画はこちら

宮内:こちらの動画にあるように、シンプルな「a」という音だけを回していったり、あとは「声の森」と呼んでいるんですけど、子音の音を使って森の風景を描写するような表現をやったり。子どもたちは表現力豊かなので、まさに森の風景のような多様な音を作ってくれます。音楽の授業に苦手意識を感じる子どもでも活躍できるアプローチです。初めて会ったおとな同士でも、緊張が一気にほぐれて輪の空気が変わります。

2016年にACC(注1)からフェローシップをいただいてニューヨークに、2018年に国際交流基金アジアセンターのフェローで東南アジアの国々にそれぞれ半年間滞在したのですが、そこでもかなり通用しましたね。アメリカの方はみんな「とにかくすごいよかった」「めちゃくちゃ楽しかった」と素直な感想を言ってくれました。私は流暢に英語を話せるわけではないけれど片言でも話せば通じるし、理解した人がほかの参加者に説明してくれてなんとか成立することも分かり、言葉や民族を越えて伝わることを実感しました。

(注1)Asian Cultural Councilのこと(https://www.asianculturalcouncil.org/ja/worldwide/tokyo

「合わせることを強制されない」音楽教育のあり方を考えたい

宮内さん:このような活動を通して最も実感しているのは、「音楽はコミュニケーション・ツールそのものだな」ということです。「人と人とが互いに調和をはかるために生み出してきた、偉大な知恵」でもあると思います。人と自然界にも同じことが言えますよね。たとえばお祭りにおける歌やお囃子は、自然界の過酷さに向き合ったり、無病息災を願ったりと、自然と共存していくために存在しています。先ほどご紹介した聲明も、“亡くなられた方の魂”という、目には見えない存在と唯一交信できる手段なのかもしれません。

いまの時代は、自分自身の存在意義や、他者とのつながりを感じにくいこともあるかもしれませんが、だからこそ、「この響きのなかに自分がいてもいいんだな」「自分がいることによってこの響きがより豊かになっているんだな」と確認できる場が必要だと思います。

入戸野:音楽の授業を通した自己肯定感の醸成といった話にもつながってくるのかもしれませんね。学校の音楽の授業について、いまだからこそ考えることはありますか?

宮内:「音楽はある程度特別な才能がある人しかできない」と思ってしまう節ってありませんか?カラオケに行ったり、声を出したりすることは気持ちがいいし楽しいと感じる反面、「上手でないと歌ってはいけないんじゃないか」といった感覚も持ちやすい。それはある意味、“学校教育における音楽がコンプレックスを生んでしまっているのではないか”と思います。「音外れてるよ」とか「リズムずれてるよ」と指摘されると、自信をもって音を出せなくなってしまいますよね。

指揮者の指示にしたがってピッチやリズムをきれいに合わせないといけない。楽譜を読めないと参加できない。そうなってしまうと、合わせることを“強制させられる”という意識や、窮屈感が生まれてしまいます。より一人ひとりがのびのびと許容されながらも、調和し一体感を感じられる表現ならば、音楽の授業はもちろん教育全般においても音楽がすごく有効なツールとして生きてくるなと思います。そしてその後、教育現場だけでなく社会生活そのものにも生かせるものだと思います。私も学芸大学出身者として音楽教育の発展に貢献したい思いを常に持っているので、自分が考えたアイデアを学校現場で先生方に利用してもらえるコンテンツを作るのは今後の目標ですね。

 

関連サイト
パフォーマンスグループ つむぎね(https://tsumugine.com/)

 

取材・編集/入戸野舞耶・山内優依