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教育の未来

スポーツの文化的な面白さを問い直す~子どもたちが飛び込みたくなるような「ドキドキ・ワクワク」の創造~後編

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「教育のこれから」の第2号では、前回に引き続き、東京学芸大学附属竹早中学校保健体育科教員の齋藤貴博先生にインタビューをして、スポーツの楽しみ方や体育の意義、これからの体育についてお話を伺いました。
保健体育科の中学校、高校の先生方はもちろんのこと、小学校で体育を教える先生方や他教科を教える先生方も参考になる部分が多くあるインタビュー記事となりました。
ぜひ、ご一読ください!

体育は「遊んでいい空間」です~子どもたちが飛び込みたくなるような「ドキドキ・ワクワク」の創造~前編

インタビュア:松田千皓(C類 言語障害教育専攻2年)松永裕香(A類 国語選修3年)

伝えていきたい、文化として楽しむスポーツ

松田生涯スポーツとしての体育という考え方が近年広まりつつありますが、先生がこの視点で体育の授業を考えるとき、最も重視していることはなんですか。

齋藤生涯スポーツの視点よりも、体育の授業の中でどれだけ遊びを知ってもらえるか、楽しんでもらえるかを大切にしています。世界各国で健康の保持・増進が求められる動きがあるように、日本でも「健康日本21(※3)」のような動きが見られています。「健康なくしてはよりよい生活はない」という土台はある一方で、スポーツを手段としてとらえる考え方が前にでてきてしまっているように感じます。

(※3)厚生労働大臣が定める国民の健康の増進の総合的な推進を図るための基本的な方針として、2000年にスタートした運動。

私はスポーツは「遊ぶこと」と考えていて、その遊んでいる瞬間が楽しければよいと思っています。結果として健康になったとしても、遊んでいる瞬間は文化を味わって楽しんでいる、それだけでよいと思います。たとえば、学校を離れた年代の方が忙しい日々のなかで体を動かすときに、テニスやフットサルなどを行うでしょう。それは「スポーツの面白さ」を知っているからであって、「健康のため」が先には来ないのではないかと思えるのです。もちろん健康のためにスポーツをと考える人もいますが、むしろそれは「フィットネス」や「エクササイズ」であり、スポーツは遊ぶこと以外に目的を持たないはずなんです。スポーツを健康のためにという視点は、非常に客観的で、プレイすることそのものや、ドキドキワクワク感とは離れています。スポーツと健康はつながる関係であり大切なことなのですが、スポーツへの目的が本質と逸れることもしばしばです。これだけ多様なスポーツが広がる社会なのですから、生涯スポーツという理念を子どもたちと議論し直しても面白いと思っています。

体育で子どもたちに伝えたいことは、各スポーツのもつ面白さです。授業で「スポーツは辛いもの」と感じてしまうと一生そのスポーツをしないと思いますし、大人になったとき、語り草のように「あの時の体育はしんどかったね」となってしまうでしょう。「遊ぶことが楽しい」ということを、スポーツは我々へ教えてくれているのではないのでしょうか。

松田確かに、スポーツを健康のためにやらなくてはと思うことがあるので、スポーツそのものの面白さを体育で伝えていく必要性を感じました。先生の考える「新しい保健体育のあり方」を教えてください。

齋藤「面白いことをみんなで一緒にやろうよ」のような、経験や興味がない子どもたちが飛び込む空間を用意することだと考えています。遊びを教える以上、遊びに対して「やれ」「早く並べ」などは言う必要がないと思います。スポーツにおいては、「必ずカリキュラムを教えなくてはならない」という世界をなくしたいです。

松田「カリキュラムばかりにこだわるのではなく、新しいことをみんなでする」ということですね。

齋藤スポーツには、eスポーツも含まれています。VRゴーグルを付けて行う「Wii Sports」や「Wiiスポーツ リゾート」を以前授業のなかで行いましたが、非常に盛り上がりました。男女が体格差なしに戦うことができますし、足を骨折していた生徒も見学せずに楽しむことができました。ただリモコンを振っているだけと思われがちですが、テニスで相手コートへ返せるかドキドキワクワクする気持ちはリアルでもバーチャルでも変わらないと思うんですね。eスポーツも一つのスポーツの形であることを伝えていきたいです。

価値観を共有し議論する場を

松永これまでのお話を聞いていて、教科って難しいな、と思いました。体育が教科である意味ってなんでしょうか。

齋藤難しい質問ですね(笑)。 もちろん教科である以上、学習指導要領に基づき、評価をすることは必要です。しかし、STEAM教育や主権者教育の一環で行う今回の授業のように、今後は教科の枠組みがなくなっていくと考えます。

学校が「遊びはいらない」「遊んでいないで勉強しろ」という空間になってしまったら、真っ先になくなる教科は体育だと考えています。一方で、多くの先生方は、「いや、体育はなくならないでしょ」とおっしゃいます。これは、体育が昔の「生徒指導」ととらえられているということだと思います。それは避けたいというのが私の思いです。

学会でも、「スポーツって一体何だ?」「本当に体育で教えるべきこととは?」ということを考え直す動きがでてきています。中学生に「スポーツって何?」と聞いても分かりませんし、私自身も模索しています。本当はいろいろな議論を先生方としていきたいのですが、なかなか時間がありませんね…

松永そこは問題ですよね。

齋藤そうなんですよ。体育は特に、考え方に右、左と振れ幅があります。だからこそ、いろいろな人が授業を見合うなかで、授業に対するそれぞれの価値観をぶつけ合って議論していきたいです。それこそ主権者教育の取り組みで「今の体育の授業、どうでした?」と中高生の意見を聞くことから議論を始め、一緒に考えて創っていくことも必要だと思います。

昨年、学生時代からの恩師の「休み時間は楽しく運動しているのに体育の時間は憂鬱に感じるような『体育嫌いの運動好き』には一番してはいけない」という話には共感しましたね。体育を好きになれとは言いませんが、スポーツを文化として教えている以上「文化としてのスポーツの面白さって何?」ということを追求していくことは大切にしたいです。

子どもたちと一緒につくる授業

松田最後に児童・生徒や、現職の先生、教員を目指す学生に向けてメッセージをお願いします。

齋藤まずは児童・生徒の皆さんへ。
よくわからない世界にまずは飛び込んでみてください。遊びの空間は、いつでもやめることができるし、いつでもまた戻ってくることができます。失敗するから面白いんですよ。もし失敗して嫌な気持ちになったり、その空間に違和感を覚えたら、体育で行っていることのひとつひとつの意味を考えてみてほしいです。そして、先生や友達に聞いたり意見を言ってみましょう。遊びはみんなで面白くしていくものですからね。

現職の体育の先生へ。
授業をつくる上で、スポーツの文化的な面白さをともに問い直していきたいです。実技教科は自分の経験を先行しがちだからこそ、社会が変化しても教え方に変化がないと感じる場面があります。教材の解釈を議論し続ける必要があると思います。
また、授業を子どもたちと一緒につくりあげることも大切だと思います。先生が教えることが重要な時もありますが、子どもたちと一緒に楽しみながら議論することも必要です。小学校では多く取り入れられていますが、中学校では機会が少ないので、生徒とともに考える環境を一緒につくっていきましょう。

教員を目指す学生へ。
常に「遊ぶ心」を大切にしてほしいです。遊ぶ心を持つことは、「○○してみよう!」「○○すると面白そうじゃない?」などの指示にも現れます。実習生を指導する際、「次○○してください」「お願いします」と話す場面に出会い、もっと楽しそうに話してほしいなと思います。「○○を伝えたい!」という気概が必要です。
また、子どもたちとの対話を大切にしてほしいです。対話がないと、教える側と教わる側に分断されてしまいます。一緒に入り込み、一緒に創っていきましょう。子どもたちの様子を見て「○○したら面白そう!」と思ったら、指導案から外れて問いかける勇気を持ってほしいですね。人権と安全を担保した上で、いろいろな可能性を広げてアップデートしてほしいです!

取材を終えて

お忙しいなか、取材に協力してくださった齋藤先生、ありがとうございました。子どもたちのドキドキ・ワクワクを大切にした新しい体育を探究する取り組みを知ることができました。まさに今、他者と協力して新しいものを生み出していく力が社会で求められていますので、先生の取り組みには多くの学びがありました。教育の形は多種多様で本当に面白いですね。これからも未来の教育に関わる記事を発信していきます。次回もお楽しみに!!

齋藤貴博

東京学芸大学附属竹早中学校保健体育科教諭

地元は鳥取県。高校まで鳥取県で過ごし、同志社大学経済学部へ進学。体育会サッカー部に所属しコーチングも学んだ。経済学部及び教職課程を修了後、大学院の道へ。
東京学芸大学大学院教育学研究科保健体育専攻体育科教育コースで社会学に出会い、「子どもの貧困」「不登校」と「体育」「スポーツ」との関連を研究。大学院修了後、現勤務校に社会科として着任し、「多様性の教育」などの学校研究に携わる。その後、保健体育科へ教科を変え、今に至る。現在は「好きに、挑む。」をテーマに「未来の学校みんなで創ろうPROJECT」に関わり、VRやARを授業に活かす取り組みを行う他、「実社会との接点」をテーマに主権者教育に取り組んでいる。

取材・文/大島菜々子、徳田美妃、松田千皓、松永裕香