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日本中を熱狂させたWBC(World Baseball Classic)。侍ジャパンの監督として、日本を優勝に導いた栗山さんは東京学芸大学の卒業生です。学芸大学ではA類保健体育選修に在籍し、小中高の教員免許を取得しながら野球部での練習と両立させていました。2023年5月、東京学芸大学創基150周年記念にて、後輩のために講演を引き受けてくださいました。「栗山さんにとって指導者の役目とは?」私たちは熱い語りに耳を傾けました。
高校卒業後、栗山さんは父から 「子どもたちと(指導者として)野球をしていた方が長く続けられるぞ」と進言されていました。六大学で野球をしたいという思いもあったそうですが、結果的に教員を養成する学芸大学に入学したからこそ「やらない後悔よりやる後悔をとりたい」という信念でプロテストを受けたそうです。人と同じことをやっても何も生まれない。単位を取りながら技能的な課題を乗り越えていくマルチタスクな力は、学芸大学の環境で培われたものだと言います。
しかし、プロ1年目は周囲のレベルの高さに自信を失い苦しい時間もあったそうです。どんなに苦しくても自分の夢から逃げちゃいけないと言われ、目が覚めたといいます。
「夢は叶えないと夢じゃない」
「才能よりもやり切ることが大事。一生懸命やってることは結果が出てなくてもかっこいい」
この信念の強さが北海道日本ハムファイターズ、そして、WBC日本代表監督としての仕事にも生きていて、大谷翔平選手の「投手と打者の二刀流」スタイルの実現につながったそうです。
代表の監督とは、野球界でトップクラスの選手たち、いわば各球団の至宝を預かる仕事。学校の教員も、可能性を秘めた多くの宝物を預かる仕事です。教員を目指す私たちにとって、世界一の監督から得られるヒントは沢山ありました。
講演で栗山さんは「監督は偉いわけではない」と何度も強調していました。監督の仕事は“決める係”。大一番で誰を使うか。選手起用の判断を下すために選手とコミュニケーションを積み重ね、最後は栗山監督が決断します。
ただ、試合前には主要な投手に「投げたいと思ったら言ってね」と声をかけ、選手自らの覚悟も促していました。試合後の夜には選手が相談しやすいように「酒を飲まずに部屋で待っていた」と打ち明けてくれました。実際、大会中に源田壮亮選手が指を骨折した時、源田選手は栗山さんの部屋を訪ねて「ここに残りたい」と訴えました。「源ちゃんの言葉から試合に出たいという強い気持ちが伝わった」という栗山さんは、登録の抹消を踏みとどまったと言います。
栗山さんは指導者として選手と信頼関係を築き、自発的な気持ちと向き合って選手の主体性を引き出しています。これは、教員を目指す私たちにも必要な資質ではないかと学びました。学生時代に教師も目指した栗山さん。「教育は人の助けになる」という考えは、野球の指導者として選手と向き合う姿勢にも通じるそうです。
学校現場で子どもたちは、さまざまな問題に直面しています。私たち学生はそんな問題について、これから教員になった時にどのように接したら良いのだろうと日々考えています。指導者は自分の弱さから、みんなを同じ方向に向かせたくて安易な声掛けをしてしまう。「でもよく考えて」。栗山さんは自らの監督人生を思い返し、選手たちと向き合ってきた時間を振り返りながらこう続けました。
「相手の性格、時と場所。それらの全てを考慮して、状況に応じた方法を考える必要があると思うんだ」
果たして私たちにそんなことができるのでしょうか。決して簡単なことではない気がします。栗山さんは私たちの気持ちを察して、語りかけました。
「でも、子どもとの関わりが難しく怖いことなんだということが分かっていれば、先生の一生懸命さは伝わるはず。思いと熱さでしか人の心は動かせない。考えたことこそが大事だよ」
はたと我に返った栗山さん。「熱くなってすみません」と照れくさそうに言いながらも続けました。「でも、魂を持ち続けること。これが一番かなって、今は思う」。まっすぐな眼差しと熱い言葉が、私たちの心を揺さぶりました。
会場の学生からは栗山さんに「これから何をするんですか」という質問が寄せられました。「先生とか、どうですか?」という学生の意見にニコニコしながら、「次の目標はまだ決まっていない。でも、自分も絶対に新しいことにチャレンジしなければならない。これが自らに課したルールだ」と語りました。その信念を語ってきたからこそ、大谷翔平選手の「二刀流」が夢ではなくなったのだと言います。野球か、教員か、はたまた小説家か…。新たな挑戦はきっとまた私たちに勇気と力を与えてくれるに違いありません。
WBC優勝までの道のりを追ったドキュメンタリー映画『憧れを超えた侍たち』には、栗山さんの熱く固い信念によって団結する「侍ジャパン」が映し出されていました。栗山さんが目指した「世界一のチーム作り」とは、選手やスタッフ、サポーターも含めて誰もが「離れたくない、最後まで一緒にいたい」と思わせるような仲間を作ることだと私は感じました。
「人の心を動かすのは誠意のみ」。これぞ栗山監督、という言葉です。学級づくりでも、教師が誠意をもって生徒の魂に訴えかけ続ければ、生徒が通いたいと思える居心地がいいクラスを作ることができるのではないか。大先輩の「宝物を磨く」指導術は、教育の道を目指す私たちに様々なヒントを与えてくれました。(片山なつみ)
取材・編集/赤尾美優、片山なつみ、河野芽唯、近藤羽音、澁澤唯奈、菅谷美月
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