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学芸大学附属高等学校 無重力探究ラボ「好奇心 この一点が原動力」

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2022年度から高校で「総合的な探究の時間」が始まりました。探究学習の進め方を巡って試行錯誤が続いています。東京学芸大学附属高等学校では2021年3月から「無重力探究ラボ」という活動が始まりました。放課後に先生と生徒が一緒になって、宇宙のようにものが浮く瞬間を創り、実験するプロジェクトです。取材すると「ただただ楽しい」と実験に打ち込む生徒の姿が印象的でした。生徒たちの意欲はどこから湧き出ているのか、話を聞きながらそのヒントを探りました。

2023年1月、附属高校の物理実験室。2年生の生徒たち6人が網目状のスチールや木の板などを使って実験装置を作っている。

スマートフォンを取り付けられるようにしたこの実験装置を、学校の2階や3階から落下させることで、彼らは「0.数秒」というまばたきもできないほどの瞬間、無重力空間を生み出し、そこで変化する水や炎の様子を捉えようとしていた。

「無重力」といえば宇宙を真っ先に思い浮かべる人がほとんどかもしれないが、この活動を始めた西村塁太先生は「皆さんもブランコやエレベーターに乗った時、フワッと浮かび上がる感覚を味わいますよね。実はこれも同じで、物体が自由落下している時に無重力空間が生み出されるのです」と説明する。

無重力探究ラボが制作した、無重力実験活動を紹介する動画

無重力は「無」重力じゃない?!

西村先生によると、実は私たちが「無」重力だと思っている瞬間も物体に重力はかかっていて、それと同時に全く同じ大きさの慣性力が働いているため、私たちは何も力を受けていないかのように感じるのだという。自由落下している時になぜ重力と慣性力が釣り合ってしまうのかは「神のみぞ知る」ようだが。

無重力探究ラボの生徒たちは初め、段ボールを落として実験していた。身近にあり、壊れても作り直せるのが段ボールだったからだが、質量が軽く空気抵抗を受けやすいため、重力と慣性力が釣り合う時間が短くなってしまい、実験に苦労していた。その時、日本大学の生産工学部が保有している“重い鉄のカプセル”、いわゆる「落下塔」を貸してもらえることになり、その規格に合う実験装置を作成したのだった。

純粋に好奇心を追求できる場所

この無重力探究ラボで生徒たちが意識している目標は何だろう。学校では達成目標を示して活動させることが多い。テストや発表で到達度を測ったり、コンテストで作品を展示したり、はたまた新たな発見を発表したり。

しかしラボメンバーの1人、井原航太郎さんからは「特にないですね」という答えが返ってきた。「なんとなく、これができたら面白そうだな、で活動が進んでいます」。

彼らによると、ここが探究ラボの魅力なのだという。思いついたことを素早く実験・実行できる。この探究がどこへ向かうのかを気にする必要はない。いつまでに終わらせるのかという期限もない。「知りたい!」「どうなるんだろう?」という好奇心こそが原動力となっていたのだ。

取材中、生徒たちは口々に「ただただ、楽しい」と繰り返していた。砂時計を使った実験を準備中の大沢元哉さんが「頭で考えたら家に帰って宿題をしたり、塾に行って勉強を行ったりした方が良いかもしれないけど、楽しいから行くっていう、頭で考えない楽しさがある」と言うように、ここには「言葉で表せない楽しさ」があるようだ。難しくても忙しくても、活動に参加する意欲の源泉は好奇心、その一択。無重力探究ラボは生徒たちにとって、純粋に好奇心を追求できる居場所になっていた。

大人も生徒と同じ目線で

無重力探究ラボには多くの大人が関わっている。私たちが取材した日も、附属竹早小学校の先生や大学(院)生が、生徒と一緒になって実験していた。彼らが生徒たちに刺激を与えているのは確かだが、彼らの動機も好奇心。大人は生徒の輪に溶け込んでいて、生徒たちは「基本、自由にやらせてもらっている」と話すようにリラックスしているようにみえた。西村先生は「教員と生徒は横並び他の大人も同じ。対等にやっていきたいとずっと考えていますと話す。

実験結果について議論していた岡崎朋恵さんは「授業で実験することもあるけど、なんとなく答えと方針が決まっている感じがしてしまう」と話してくれた。一方、無重力探究ラボが扱う宇宙とは未知の空間だ。誰も答えやゴールを知らない。生徒と大人が本当に同じ立場で、湧き出る好奇心を一緒に追求できる時間が生み出されているのだ。

真の好奇心から進めていける環境は初めから整っていたわけではない。先生方が自分の思いを時間をかけて生徒たちに伝え、生徒同士も少しずつ、お互いの性格や特徴を分かり合っていく中で、今の無重力探究ラボができあがっている。

 

2023年2月23日に行われた、SSH/SGH/WWL課題研究成果発表会にてポスターの優秀賞を取りました。

編集後記:探究学習とは

答えも明確な達成目標もない。期限も成績もない。無重力探究ラボを取材する中で、学習活動のミッションやゴールを設定しなくても、「こうしたらどうなるのだろう」という好奇心や、「楽しい」「面白い!」という気持ちが原動力になって活動が前に進んでいくことに、とても新鮮さを感じました。そして、そのような探究学習を創っていくには、生徒も先生も「対等」に学べる題材が重要なのだということに気づきました。

無重力探究ラボでは、今後も身近な不思議を掘り下げる活動が続きます。共同探究の提案や見学の相談などはメールで西村先生まで(nishirui@u-gakugei.ac.jp)。

関連サイト
宇宙関連団体 SCOPE ABOUT US | SCOPE (scope2021.wixsite.com)

さまざまな業界と宇宙との関わりが分かる情報を発信している団体。多様なバックグラウンドを持つ現役の大学生、大学院生、社会人で構成されていて、今回の無重力探究ラボにも複数のメンバーが協力しています。

 

取材・編集/石川智治、大久保里咲、末武明子、澁澤唯奈