教育の未来
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教育の未来
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「教育のこれから」の第3号では、東京学芸大学の卒業生で、現在、弘前大学教育学部音楽教育講座 助教の小田直弥先生にお話を伺いました。私たちは、クリエイティブな教育マインドをオン!するメディア『CREDUON FOR TEACHERS』にて小田先生と出会い、先生の考える教育の未来について知りたいと思うようになりました。
前半では、小田先生の研究について深く掘り下げていきます。「音楽」といった1つのテーマを複数の視点から研究している小田先生。この記事を読むことで、小学校・中学校・高等学校で音楽を教える先生方や演奏家の方々はもちろんのこと、先生を目指している学生や音楽を教えていない先生方も新たな発見ができるはずです。ぜひご一読ください。
東京学芸大こども未来研究所での研究活動。大学と企業の連携から生まれた成果
大島:はじめに「特定非営利活動法人 東京学芸大こども未来研究所」での小田先生の活動を教えてください。
小田先生(以下敬称略):「東京学芸大こども未来研究所」は、大学と企業等が連携し、新しい教育や学びをつくること、発信することで「東京学芸大学の知を社会に還元すること」を目指す研究所です。私が着任した2016年5月から2021年3月までに、学芸大学の先生方と協力しながら担当したプロジェクトの中で、特に思い入れのあるものを紹介します。
小田:1つ目は、株式会社鈴木楽器製作所さんとの「ケンハモとあそぼ!!」というプロジェクトです。このプロジェクトは、幼児教育における鍵盤学習のあり方を問い直すことから始まりました。
鍵盤ハーモニカは初等音楽科教育の中で鍵盤学習の一つとして使われている楽器です。小学校でスムーズに鍵盤ハーモニカの学習が進められるよう、幼児教育のなかでも鍵盤ハーモニカを導入する事例もあります。
ただし小学校の音楽と幼児教育には違いがあります。小学校では評価が存在します。知識や技能、たとえば「ド」の音を知っているかとか、正しく鳴らすことができるかということが評価の観点になり、評価を通して教師と子どもが互いに学習の到達度を確認し合いながらどんどん学習を積み重ねていくわけです。
しかし、幼児教育では基本的に遊びを通した学びが中心です。そのため、初等教育のような評価を伴う学習という価値観がなかなか合わないのです。
初等教育と同じ方法で先取りするのではなく、幼児たちが鍵盤ハーモニカと触れ合うのなら、幼児教育として望まれる「遊び」の考え方を土台に据えた、幼児と鍵盤ハーモニカとの新しい関わり方を提供したいと、鈴木楽器製作所さんとのお打合せの中で意見が挙がりました。
その話を聞いたとき、本当にその通りだなと思いました。すべて小学校と同じ方法で先取りすれば良いわけではありません。
そうした思いから、子どもたちと1年間一緒に実践しながら、鍵盤ハーモニカでどうやったら遊びのなかに学びが存在するようなプログラムを組めるのだろうと考えました。
小田:次に、音楽以外の研究についてです。株式会社ソニー・クリエイティブプロダクツさんと「きかんしゃトーマス×非認知能力」をテーマに共同研究を行いました。同社が、きかんしゃトーマスを愛する多くの子どもたちのために、トーマスと教育を結び付けた研究を実施したいと始まりました。この研究は、非認知能力(*1)をテーマにしました。
(*1)非認知能力…意欲、協調性、粘り強さ、忍耐力、計画性、自制心、創造性、コミュニケーション能力といった、テストでは測定できない個人の特性による能力。学力(認知能力)に対して用いられる。研究により、非認知能力の高さが学歴や雇用、収入に影響することが明らかになっており、幼児教育の分野で注目を集めている。集団行動の中での困難や失敗、挫折などの経験を通して養われるものが多い。(参考:翔泳社 EdTechZine 用語集)
なお、非認知能力は、認知能力ではない力というざっくりとしたものですが、私たちが社会のなかでより良く生きていくためには、非認知能力と認知能力のバランスが大切であるとも言われています。本研究の成果は「『きかんしゃトーマス』と非認知能力の関係 3つの視点から検証しました」(2019年5月 @Press)、「きかんしゃトーマスでつなげる 非認知能力子育てブック」(2021年, 東京書籍)等よりご覧いただけます。非認知能力は世界中で注目されています。認知能力とともに生きていく上で必要な力とされています。きかんしゃトーマスのお話を見ると、トーマスたちが協力したり、問題解決のアイデアをひらめいたり、困難な状況においても諦めなかったり、そうした場面が描かれることは少なくありません。子どもたちにとって大好きなトーマスたちの行動は、お話を通して子どもたちの中に蓄積され、他者との関わり方の土台をゆるやかに形成していくと推測しています。きかんしゃトーマスのアニメを観れば非認知能力が育つ、という簡単な話ではもちろんないのですが、たとえばトーマスのアニメを観ながら気づいたことを親子で話してみる、そうしたアニメをきっかけとして子どもたちが自分なりの考えを深めたり、自分の考えを言葉にして、コミュニケーションが織り重なっていくということが、結果的に非認知能力にもつながると思います。
2019年2月、エジプトにて。以降ずっとご縁が続き、現在もエジプトの教育に関わる
小田:続いて、エジプトをフィールドとした研究です。
2018年に発表された「エジプト-日本教育パートナーシップ」(EJEP)の通り、エジプトと日本は教育における協力関係にあります。EJEPには12の項目があるのですが、その7番目に「エジプトにおける体育科目及び音楽科目の推進」が示されています。体育や音楽が注目された背景には「人格形成及び規律心の醸成」がねらいとしてあり、これはエジプトの抱える社会課題や学校教育における課題が関連していると考えられます。
EJEPの発表まで、実はエジプトでは音楽は必修化されていませんでした。2021年に音楽が必修化されたことから、エジプトは今、音楽教育において大きな変革期にあります。
そうしたエジプトをフィールドとして、ヤマハ株式会社が、国際協力機構(JICA)との「中小企業・SDGsビジネス支援事業」における「初等教育への日本型器楽教育導入案件化調査」(エジプト)の業務委託契約のもと実施しているプロジェクトが「エジプト国初等教育への日本型器楽教育導入事業(非認知能力の測定手法検討)」です。東京学芸大学の森尻有貴先生、東京学芸大こども未来研究所の長澤佳奈子さんと私とで協力して調査を実施しています。日本とは異なる文化をもつエジプトを対象としているからこそ見えてくる、日本の音楽教育の姿を個人的には実感しています。音楽教育で目指すものは何か、何を子どもたちと共有したり、身につけてもらいたいのか、当たり前のことかもしれませんが、そうしたことを問うことのできるこのプロジェクトに関われていることを、感謝しています。
合唱団よびごえの練習後の一枚(2022年度 新歓)
この日はボクシングの日とのことで、ファイティングポーズ
大島:小田先生個人としては、どのような研究に取り組まれていたのですか?
小田:「合唱団よびごえ」という団体を学芸大学の中で立ち上げたことも、研究の一つの柱となっています。2016年の団体立ち上げから、合唱と教育の関係について、座学や演奏を通して考えてきました。
団体立ち上げの背景は、学部生の時に学芸大学でしっかりと合唱を勉強できる環境をつくりたいと思ったことです。
私が大学に入学した2010年当時、合唱をする機会があまりありませんでした。大学に入ると音楽の学部1年生全員で合唱をする授業が1つ、学部問わず履修できる授業が1つ、という状況でした。その他は、音楽教育の授業の中で少し合唱を扱う程度で、日本の現代合唱や、合唱コンクールや部活動として中高生が取り組むような合唱作品を勉強できる機会、合唱指導について考える機会はあまりありませんでした。現在は合唱指導法の授業も開講されていますが、私が学生だった当時はありませんでした。
そこで、大学3年生の時(2012年)に当時の先生に力を貸していただき、ゼミ活動を始めました。毎年発表会をして、みんなで合唱指導とは何かを考えました。そうした先に少しずつ学芸大学の中で幅広く合唱が学べる雰囲気ができてきたのです。私は、2016年3月に大学院を修了しましたが、こうした活動は続けた方が良いと思い、2016年に新しい団体として立ち上げたのが「合唱団よびごえ」です。今でも毎年、演奏会やコンクールに出たり、勉強会をしたりしています。
研究についてお話する小田先生(取材中)
大島:音楽のなかでも合唱について研究されているとのことで、大変興味深いです。合唱をすることで生まれる学びや教育的効果について、さらに詳しくお話していただいてもよろしいでしょうか。
小田:はい。合唱は皆さんも初等・中等の音楽教育のなかで経験したことがあると思います。たとえば、授業・入学式や卒業式などの行事・合唱コンクール・部活動の4つの場面が挙げられます。合唱活動を行う意義や効果についてはこれまでにも多くの実践本から見ることができ一見すると学術的にもエビデンスがあるように思えますよね。でも実は、合唱の教育的効果について学術的に語られた論文や調査報告は豊富とは言えません。(合唱に関する研究論文を集めたガイドブックがあるのですが、そこにも教育研究として紹介されているものは少ないです)。
合唱の活動によって特定の成果が得られたのかどうかを学術的に証明することが難しいからではないかと思っています。
海外の研究では、合唱の活動が、居場所としての機能や、コミュニケーション、つまり社会性の発達に関係しているのではないかと語られることもあります。
まったく知らない人が集団の中に受け入れられ、そのなかで話をしたり意見を交換したりする。そして信頼関係がゆるやかに形成されていき、安心感が生まれ、居場所が形成されていくといったことが合唱の活動の場で起こるのではないか、このようなことを述べる論文もあります。
私たちもこの結果については、すぐに受け入れられると思います。ですが、こうした切り口から合唱を扱った研究は世界的に見ても少なく、日本国内でも同様です。
一方で、合唱をすると学級経営が良くなるとか、学校全体の運営に合唱の活動が関係しているのだという語り口もあります。合唱は、音楽の授業にとどまらず、全校行事としても行われることから、合唱と学校全体の運営について、何らかの関係がある可能性はありますが、それを研究として明らかにするということは簡単なことではないのかもしれません。実践の中で浮かんできた合唱の教育的可能性を研究としても確かめることができるのかどうか、合唱にはそうした研究の余地が多分に残されているように思います。こうした背景からも、もっと合唱を研究したい、と思います。
(後編に続く)
興味深い研究や活動がたくさんありましたね!後編では、小田先生のよりパーソナルな部分に迫り、「何でも屋さん」の実態を明らかにしていきます!
小田直弥(おだなおや)
弘前大学教育学部音楽教育講座助教、東京学芸大こども未来研究所学術フェロー
東京学芸大学大学院修了。教育研究活動としては、現在、ヤマハ株式会社によるエジプト国初等教育への日本型器楽教育導入事業(非認知能力の測定手法検討)等に参加。演奏活動としては、声楽の共演ピアニストとして「新作歌曲の会第21回演奏会」(2021)、「大野徹也リサイタル ’21 ~珠玉の独逸 日本歌曲~」(2021)等、合唱指導者として「合唱団よびごえ」があり、「春こん。東京春のコーラスコンテスト2022」では、「ユースの部 女声」にて同団体の演奏が金賞(1位)ならびに東京都合唱連盟理事長賞を受賞。
取材・編集/徳田美妃、松永裕香、松田千皓、大島菜々子
イラスト/津波古薫