Labエージェント
アプリで授業に革命を。情報科×家庭科
2024.02.22
Labエージェント
2022.02.02
東京学芸大学のおもしろそうな研究室を探し出し、その研究活動を分かりやすく発信するLabエージェント。第2回目は、美術科教室の正木賢一先生の研究室を取材しました!絵の上手い下手は関係ない、グラフィックデザインの世界とは? 分野の垣根を越えてさまざまな活動をされている正木先生の、その研究室のようすをお伝えします!
編集チーム:先生の研究分野は何ですか?
正木先生:研究の軸足はグラフィックデザインです。ただ、いろいろなことをやっているので、軸足というのは、自分自身もよく分かってないのですが。コミュニケーションを生み出していくメディアを、これからの時代にどう表現したり活用したりしていくか、というところに研究のテーマがあります。
編集チーム:グラフィックデザインとは具体的にどのようなものなのでしょうか。
正木先生:グラフィックデザインの仕事は、たとえば世の中に流通する商品の広告やパッケージ、企業のロゴやキャラクター、雑誌の編集やウェブサイトのデザインなど、本当に多岐にわたります。視覚伝達を中心とした「情報デザイン」とも解釈できますね。色・形・素材で構成されるイラストレーション・写真・文字などあらゆるビジュアル要素をすべて目的に向けて表現していくのがグラフィックデザインの世界です。
グラフィックデザイナーという仕事は、アートの素材を目的に合わせてどう再構成したり、どう表現したりしていくかを考える「アートディレクション」というものです。単に絵が上手いとか表現技術だけが求められる分野ではありません。大切なのは「遊び心」と「創意工夫」、そして「考動力」です!
編集チーム:なるほど! 続いて、近年活動されている『変人類学研究所』について教えていただきたいです。
正木先生:変人類学に関しては、「クリエイティビティはどうやって生まれるのか」というのを探りたくて始めました。個人個人が生まれ持った変人気質みたいなものをどうやったら維持できて自分なりに発揮できるか、そのための環境論や教育論を語り合う場づくりとして変人類学研究所を立ち上げたのです。
「変人」というのは、いい意味で変わった人のこと。つまり変な人という表層的な話ではなくて、本質的には「違ったものの見方ができる」ということです。人間は偏りの「偏差値」じゃなくて、変わった方の「変差値」のような変人気質をもって生まれてくるという仮説を立てているんだけど、なぜか大人になるにつれて凡人化していく(変差値が下がっていく)。ここに教育課題があるのではないか、と考えたわけです。「その変人気質を高めつつ維持して大人になっていくために、僕らは何ができるんだろう」ということが、変人類学研究所の大きな問いになっています。
編集チーム:グラフィックデザインだけでなく、さまざまな分野で活動されているのですね。
正木先生:グラフィックデザイナーという肩書きはあるものの、その役割は特定の専門性を高めていくだけではなく、さまざまに点在する専門性を組み合わせ、促進し、通訳することだと思うからかも知れませんね。そのために人間の本質にある楽しさやおもしろさ、そしてクリエイティビティとはなんだろう、ということを問い続けながら学んでいます。
編集チーム:正木先生の研究室にはどの選修、専攻、コースの人が所属できるのですか?
正木先生:グラフィックデザイン研究室という名前ですが、研究室自体は美術科なので、A類美術選修、B類美術専攻の学生が所属できます。美術科の学生は、1年生のときに絵画や彫刻などいろいろな基礎科目を学んだあと、そのなかで、直感も含めて自分がやってみたいことを軸に、2年生から研究室に所属します。
編集チーム:正木先生の研究室の年間スケジュールを教えてください。
正木先生:2年生で研究室に所属したあと、まずは演習などの授業を通して課題に取り組んでもらいます。ちなみに2年生最初の課題は、「自己表現をモチーフにしたアートブックをデザインせよ」です。自分にとってアートとは何かを問いにして、その解釈をアートブックとして編集しデザインする体験をしてもらいます。研究の入口として、アートとは?デザインとは?を自問自答、多問多答しながら形にしていく。このことを通じて、自分の考えを伝える楽しさを味わってほしいと考えています。また、秋学期にも新たな課題として展覧会やイベントを企画することにチャレンジしてもらいます。具体的には「5日間で300人集めるイベントをデザインせよ」。条件はこれだけです。そうすると、「どうやったら300人集まるんだろう」といろいろ考えますよね。そこもデザインすることのおもしろさだと思います。
編集チーム:アートとデザインの違いを考えつつ、1つの作品を作るのはとてもおもしろそうです。3年生以降はどのような活動をするのですか?
正木先生:3年生も引き続き授業で演習をしていきます。内容としては、自分の将来のことも考えつつ、卒業研究のテーマ探しみたいなことをやります。さらに、自分で社会に対する問題意識や教育的課題などを見つけて、それに対して答えをどのように見つけていくかということも実践しています。研究室としては、小金井市や企業とも連携しているので、地域への活動に参画したり企業の方々と一緒にアイデアづくりをしたりする学生もいます。実践に多く関わり、それを学びに変えています。
4年生は卒業研究に向け、問いを見つけて実践していきます。また、教員採用試験の勉強や就活など、より社会に近づいて自分をブラッシュアップしていく時間でもあります。また研究室では教育AIプログラムに所属する大学院生や留学生とも交流できます。
編集チーム:なるほど、研究室では学生がさまざまなことを実践しながら学んでいくのですね。
編集チーム:正木先生はこれから先、どのような活動をしていきたいと考えていますか?
正木先生:表現の拡張性を追求していきたいと思っています。主に、AR(拡張現実)やVR(仮想現実)などのデジタル技術やサイバースペースを活用した表現です。これは将来的には新たなグラフィックデザインの領域として可能性を感じますし、研究していて楽しい。たとえば、紙媒体の教科書では味わえないエデュテインメントな教材やコミュニケーションツールを開発することもできると思います。こういう風に自分の表現の世界が広がったときに、人間ってわくわくしますよね。このわくわく感をどうやって伝えていくのかというのも、僕が教育に関わっている大きな理由のひとつです。また、今後もいろいろな分野の人たちと関わっていきたいと考えています。特に、インクルーシブな観点からアートを支援していくようなプロジェクトも立ち上げたいですね。
編集チーム:研究室の学生にはどのような道を歩んでほしいですか?
正木先生:学生には1人の研究者でありながら、社会のいろいろなところに関わって、自分の変人気質を生かしたフィールドを開拓していってもらいたいと思っています。この研究室はそのための港町のような感じです。ここから社会に向かって出航していくのですが、その前にここで実践さながらの準備とトレーニングを積んで、さまざまなことを学んでもらいたいです。
編集チーム:それでは最後に、研究室にとって何か大きなテーマはありますでしょうか?
正木先生:大きなテーマはやはり「教育をおもしろくする」ということですね。それも学校教育にかぎらず、人が生涯を通じて成長するなかで、すべておもしろさにつながっていったらいいなと思います。この研究室はそのために役立ちたいと考えています。
研究室の学生である、3年生の井上あかりさんと前橋美佑さん、2年生の黒木菜生さんと長友優佳さんにインタビューさせていただきました。
編集チーム:研究室に入った理由はなんですか?
井上さん:私は絵を描くことが好きで、そのなかで言葉の表現、言葉のデザインをやってみたくて。言葉の表現というと、相手に自分の思いを伝えることなので、相手に伝えるにはやっぱりデザインかなと思い、ここの研究室を選びました。
長友さん:私は、もともと興味があるのが教育番組系のEテレなどの制作だったんです。それができるのはグラフィックデザイン研究室かなということで選びました。
前橋さん:私は1年生のときに受けたデザイン基礎の授業で、正木先生のお話がとてもおもしろくて。今まで私が経験していないことをたくさん経験しておられる先生だから、ここに入ったら正木先生といっぱい話せるというのと、グラフィックデザイン研究室の先輩方もいい人たちで居心地がよくて、ここで活動できたらいいなと思い選びました。
編集チーム:研究室ではどのような活動をされていますか?
井上さん:研究室の一部の学生で、コガネイチャーという活動を行っています。もともとは授業で、去年の秋に小金井市の環境政策課の方から正木先生に、学芸大学の美術科の学生と何かできないかと、お話をいただいたプロジェクトです。
ただ環境学習しようってなったときに、そもそも環境学習のことを私たち知らないねとなりました。じゃあその環境学習について「一緒に考える」という立場にたって、「楽しんで続けていけるようなものがあったらいいな」というコンセプトで活動しています。
前橋さん:それで、Instagramで私たちが植物を育てている写真を載せて活動を発信しています。あと、小金井市の『道草市』(※小金井市観光まちおこし協会が主催するイベント)の取材もして、SNSで紹介しています。
井上さん:今後は、ワークショップをやろうと思っています。たとえば「十五夜」って具体的に何をするの? といわれても難しいじゃないですか。そういう日本の伝統や文化といったものを一緒に考えて、親しんでいけるワークショップを企画しようとしています。
編集チーム:研究室に入って楽しかったことはありますか?
黒木さん:私は自由なところが好きです。やりたいことを全部、後押ししてくれる感じが、入ってよかったなと思います。
井上さん:あと、描くこともあるけれど、わりと話すことが多いので、それも楽しいです。先生、同学年の子、上下の子、いろんな人と話しています。
編集チーム:みなさんはどのような進路を考えていますか?
井上さん:私は中学の美術の先生になりたいなと。
前橋さん:私は小中の図工専科の先生になりたいと思っています。
黒木さん:私はまだ決めていないのですが、できればファッションとかアパレルのデザインに携われる仕事に就けたらいいなと思っています。
長友さん:私も、もともと関心をもっている、デザイン系の教育番組の企画ができたらと思っています。
2年生の学生に、今年度の春学期の課題で制作した作品を見せていただきました。「自己表現をテーマにアートブックを作る」という課題で、キルトのアートブックを制作したそうです。この方は幼いころから縫いものをしているそうで、このアートブックには幼稚園年中のときからの作品とともに、当時の自分の表情やどういう気持ちで縫いものをしていたかなども一緒に掲載されています。ちなみに、構想に2〜3ヵ月かかったそうです。
キルトのアートブック。小さいころの記憶を辿りながら作ったそう。
ほかには、ネイルアートに注目して、ネイルのカタログのように仕上げている作品や、1ヵ月間、毎日1本の花と1人の女の子の絵を描きまとめている作品など、さまざまな作品を見せていただきました。
お忙しいなか、取材に協力してくださった正木先生、そして研究室の学生のみなさん本当にありがとうございました。今まであまり知らなかったデザインや最先端のアートについてさまざまなお話を聞いて、とても興味を持ちました。また、正木先生や学生のデザインや教育への熱い思いに感動しました。これからも学芸大学のさまざまな研究室を取材していきます。お楽しみに‼
正木 賢一(まさき けんいち)
1970年、東京生まれ。東京学芸大学(初等教育教員養成課程・美術選修)卒業後、デザイン事務所を経て現在にいたる。グラフィックデザインを主軸に「メディア表現教育」の実践的研究に取り組む。企業のブランド計画やウェブデザイン、キャラクターデザインなどを手がける一方で、地域教育におけるアフタースクール事業や行政とのコラボレーション事業、環境教育をはじめとする異分野との共同研究にも携わる。NPO東京学芸大こども未来研究所理事、変人類学研究所副所長、絵本学会所属。著書に絵本『carnimal』がある。
取材・編集/ 酒井南風 N.