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スポーツを科学する!?【新海研究室】

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東京学芸大学のおもしろそうな研究室を探し出し、その研究活動を分かりやすく発信するLabエージェント。その記念すべき第1回目は、保健体育教室の新海宏成先生の研究室を取材しました!スポーツを科学する「スポーツバイオメカニクス」とは、一体どのようなものなのでしょうか?またアスリートの技能向上に研究は、どのように生かされているのでしょうか?スポーツ好き必見の研究室です。

物理の力学を利用し、幅広い研究をする

編集チーム:まず、先生の研究分野について教えていただきたいです。先生はどのような研究をされているのでしょうか?

新海先生:スポーツバイオメカニクスを専門としています。スポーツバイオメカニクスとは、スポーツ選手の動きを分析して、その良し悪しを評価したりメカニズムを解明したりする学問です。たとえば、上手な人とそうではない人の動きはどこがどう違うか、練習をする過程でどこが変化すればパフォーマンスが向上するか、怪我やスポーツ障害が起こる原因はどこにあるのか、などを究明します。
ベースとなるのは物理の力学です。物理の力学の原理・原則を人間の動きにあてはめて分析することをメインとしてやっています。
そのなかで、よく知られているものだとハイスピードカメラとか、あとは体に反射マーカーと呼ばれる点をつけてCGやアニメーションをつくるモーションキャプチャー、床を蹴る力を測るフォースプレートなどの実験機器を使って、人の運動を記録して解析します。

フォースプレート小体育館の床に設置されたフォースプレート。これで床を蹴る力を測定。

モーションキャプチャーのマーカーモーションキャプチャー用の反射マーカーを体に付けている。

反射マーカーの位置が画面内で三次元的に再構成されている。

編集チーム:私たちが知らない機器ばかりで興味深いです!少し気になったのですが、この研究のなかで小学校の体育や中高の保健体育の授業に生かされている点はあるのでしょうか?

新海先生:私の研究室にいる学生はほぼ全員がアスリートなので、研究の出発点は「自分のパフォーマンスをよくしたい」というものがほとんどです。そのため、研究対象はレベルの高いスポーツ選手になることが多いです。しかし、これに限定しているわけではありません。スポーツバイオメカニクスは、学校体育においてどういう教材を使えば良いか、どういう言葉かけをして指導をすれば良いか、という研究にもつながっていく学問です。競技スポーツを対象とするのか、体育の授業を対象とするのかという違いになります。

編集チーム:なるほど! 先生の研究の形が見えてきました。

実験と分析に明け暮れる、新海研究室の一年

編集チーム:新海先生の研究室は、どの選修、専攻、コースの学生が所属できるのですか?

新海先生:学校教育系のA・B類保健体育科、教育支援系のE類生涯スポーツコースの学生が所属します。まず2年生の時に仮所属をし、3年生で本格的に所属して活動します。

編集チーム:新海先生の研究室の年間スケジュールについて教えてください。

新海先生:研究室に入ったばかりの3年生の春学期には、スポーツバイオメカニクスの先行研究から研究例を学び、秋学期には予備実験(※)を行っていきます。4年生に入ると、いよいよ自分の研究のデータを取り始めますが、教員採用試験などで秋学期から始める人もいます。秋学期に入ると得られたデータを分析し、年内の締め切りに間に合うように、論文を書いていきます。また大学院に内部進学する学生は、スケジュールにとらわれず研究をしています。

※予備実験…最終的に分析に使用するデータを取得するための「本実験」に向けた練習のような実験。予備実験をやることで、実際にどれくらい準備や計測に時間がかかりそうか、カメラの配置はこれでいいかなどが明確になり、事前に問題点を洗い出して解決しておくことで本実験をスムーズに進めることができる。

研究室の学生がデータ分析などを行なっている測定室測定室の中。たくさんの実験機器が保管されている。

編集チーム:教員採用試験で実験の開始が遅れるのは、東京学芸大学ならではのことですね。実験で得たデータなどはどこで分析するのですか?

新海先生:学生たちは東2号館内にある測定室にあるパソコンを使っています。測定室という名称ですが、広さが十分ではないため実際に測定に使うことは少なく、主に研究室の学生が集う場所として使っています。もちろん他の研究室の学生たちも使える部屋ですが、私の研究室の学生がよく利用しています。

編集チーム:測定室は他にどんなことに使っていますか?

新海先生:実験機材の置き場所や、実験の前に機材チェックをする場所としても使っています。また学生たちが先行研究や文献を読みあったり、少人数のゼミをしたりもします。また壁には過去の学生の研究ポスターを貼っています。

編集チーム:さまざまな用途に使われているのですね。研究活動にとって大事な部屋だと感じました。

スポーツバイオメカニクスと新海研究室が進む未来

編集チーム:研究室にどんな人が来てほしいですか?

新海先生:コツコツできる人ですかね(笑)。あとこれは私の学生を研究指導するうえでのポリシーなのですが、卒業論文は大変で苦しい部分があるため、せめて自分の納得がいく好きなこと、好きなテーマでやってほしいです。もちろん学生が立案した研究計画に対するアドバイスはするのですが、基本的に私は最初からレールを敷きません。自分の興味あることを知るための研究デザインの立案というのは学部生にとっては決して簡単なことではないので、学生は実験以前のテーマ決め、自分のやりたいことの方向性を決めるのに苦労することがあります。そのうえで実験などには時間がかかったりするので、コツコツできる人がいいと思います。
そんなこともあってか、年度にもよりますが私の研究室には個人でストイックに取り組める陸上部の人が多かったりしますね。

実験中、学生たちにアドバイスする新海先生

編集チーム:陸上とスポーツバイオメカニクスには何か関係があったりするのでしょうか?

新海先生:これはスポーツバイオメカニクスの特徴にもなるのですが、陸上や水泳などの記録で優劣がつく競技に介入しやすいんです。対して、たとえば私の専門であるサッカーでは、全く同じシチュエーションはほぼ二度と訪れないし、遠くにボールを蹴ることができるからといって必ずしも良い選手であるわけではない。相手がいて、自分があって、駆け引きで時々刻々と戦況が変わる競技にはスポーツバイオメカニクスはどちらかというと介入しづらいです。しかし世界共通の課題として、実験機器や分析技術の発展とともに、サッカーなどの球技系のパフォーマンス解明にもスポーツバイオメカニクスが介入していくことが求められています。

編集チーム:そうしたところが新海先生の考える、スポーツバイオメカニクスの展望なのですね。

新海先生:私個人の展望だとそうです。

編集チーム:研究室全体の今後の展望についても教えていただけますでしょうか?

新海先生:測定機器の分野は科学の進化とともに日進月歩で変化しています。昔じゃ考えられないような測定機器が毎年のように出てきている。たとえば、ハイスピードカメラなんて、20年前なら1秒間に100コマとれるものが数百万円していたのに、いまはiPhoneなどスマートフォンに備わっている。科学の進化に対応して、記録できるものも変わってきます。それにあわせてスポーツ解析というものはどんどん深まっていき、進化していくと思います。そうしたものに研究室としても対応していきたいです。

編集チーム:なるほど。具体的に導入したい機材や手法などありますか?

新海先生:たとえば、小体育館で行う実験は毎回の機材の設置にかなりの時間がかかるため、機器を常設したり実験専用の広い部屋があったりするのが理想的です。また、マーカーを使わず映像だけをとって、AIで動きを解析するという手法を世界中の各メーカーがしのぎを削って開発しています。今後はそのような手法も使ってみたいですね。

東3号館の新海先生の研究室東3号館の新海先生の研究室で

新海研究室に所属する4年生の学生2人にインタビューしました。

編集チーム:なぜ新海先生の研究室を選んだのですか?

学生:私はサッカー部に所属しているのですが、部活をしていく中でスポーツバイオメカニクスに興味を持ちました。スポーツバイオメカニクスを学ぶことで自分の体や動きに詳しくなれますし、実際にスポーツをするとき、頭で考えてから動くことができます。

学生:私は陸上部に所属しています。陸上競技では結果が数字となって出てくるので、部活と研究を常にリンクさせることができるので選びました。

3・4年生と院生が協力して実験を行う様子実験は研究室の学生が協力して準備をする。

編集チーム:部活と研究が結びつくのですね。部活と研究活動の両立は大変ですか?

学生:今年の春学期は、研究活動は月曜日に予備実験、火曜日にその結果などをゼミで報告したりしました。部活は土曜のみオフで、週6回活動していました。秋学期からは部活を引退する時期であるので、より実験活動に時間を割くことになるかと思います。また実験のデータの分析はとても大変なんです。

編集チーム:将来はどのような進路に進まれるのですか?

学生:今年の4年生は6人いますが、大学院に進学する人が2人、就職が3人、教職が1人の予定です。昨年はこの研究室に所属していた2人は、どちらも大学院に進学しました。今年就職する人の中には、プロスポーツ選手になる人もいます。

学生:競技スポーツのパフォーマンス向上に関する研究をしているので、大学院に行く人が比較的多いのかもしれません

編集チーム:ありがとうございました。

実際に実験の様子を見学させてもらいました!

小体育館でモーションキャプチャーでの実験風景モニター画面で確認をしながら、機器の調整が行われている。

後日、実験にお邪魔させていただくと十数台のモーションキャプチャー用のカメラが置かれ、撮影範囲を精度良く記録できるように何度も調整が行われていました。みなさん集中しています!
通常、体育館の床下は空洞になっているのですが、フォースプレートの設置位置だけは、剛性の高いコンクリートの基礎が埋め込まれ、たわまない構造になっているそうです。
カメラの位置はどのような動きを記録するかによって変わります。たとえば、サッカーの踏み込み足に注目するときはカメラを低く設置したり、全身を撮影する場合は取り囲むカメラに高低差をつけてジグザグに設置したりなど工夫が必要とのことです。

マーカーをつけた学生が画面を見ながら動きを確認している様子

実験では小体育館に機材を設置、精確に三次元にパソコンに映し出すための調整で時間がかかります。また、被験者にマーカーを付けてからの実験(記録)でも、実験条件がいくつもあったり、被験者のプレーが必ずしもうまくいかなかったりすることがあるので、さらに時間がかかることがあります。後日それらのデータは持ち帰って分析する必要もあり、学生の大変さがうかがえました。
3年生は秋学期に4年生の卒業研究の実験を手伝い、実験方法を学びながら、自分の研究テーマを検討していくそうです。

学生たちに指導する新海先生

取材を終えて

残念ながらすべてを記事にすることはできませんでしたが、ほかにも、新海先生が自身で行われたスキーの実験や、測定室の名前の由来など、おもしろい話をたくさん聞かせていただきました。研究室には私たちが知らない魅力が、多く隠されているのだとあらためて感じました。これからも謎が多い研究室の実情を広く知ってもらえるよう、紹介していきたいと思います。(編集チーム一同)

新海 宏成(しんかい ひろなり)

芸術・スポーツ科学系 健康・スポーツ科学講座 運動学分野 准教授

北海道札幌市出身。B類保健体育専攻卒業。博士(教育学)。2014年に東京学芸大学に着任。
スキー場が自宅から近かったこともあり物心ついたころからスキーを始め、小学校3年生から大学生まではサッカーに夢中になり、30代からはテニスを始める。
現在はこれらのスポーツ実技の授業を担当しつつ、研究室に所属する学生とともに様々なスポーツの動作メカニズムを解明するバイオメカニクスの研究を行っている。
日本バイオメカニクス学会や国際スポーツバイオメカニクス学会などの会員。日本フットボール学会副会長。東京学芸大学蹴球部顧問。

取材・編集/ 酒井南風 N. 菅俊平 大友涼乃 近藤羽音