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Labエージェント

アプリで授業に革命を。情報科×家庭科

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Labエージェント5回目の今回は、初の試みとして二つの研究室の共同研究を取材しました。「食育×ICT」という、一見交わることのなさそうな二つの分野の共同研究がどのように生まれたのか?家庭科の南道子先生、情報科の櫨山淳雄先生、本学大学院修了生で現在はソフトウェアエンジニアの古川貴一さん、本学大学院生の近藤羽音さんにお話を伺い、未知のコラボの世界に迫りました!

左から櫨山淳雄先生、南道子先生、近藤羽音さん、古川貴一さん

食育とICT 異色のコラボ!

編集チーム:共同研究のきっかけを教えてください。

南先生:「学校教育でICTを推進するために、何かできるかな」と考えていて、私の分野である「食物」を見まわした時に、児童・生徒自身が1日に必要な栄養素量を満たす献立を立てる、という授業があるんですね。でも栄養素の数値の計算に時間を要し、献立作成全体を生徒にマスターさせるのに時間がかかってしまうんです。そこで、その計算を助けてもらえるような、アプリがあったらいいなって思いました。それで、アプリ開発が専門の櫨山先生とばったり会った時に相談をしたことがきっかけになりましたね。

櫨山先生:そうですね。実は南先生と通勤経路が一緒で、他にもいろいろなところでご一緒させていただいており、かなり懇意でした。最初は他の情報系の研究室で、アプリ開発をやってもらおうかなと思っていましたが、3年生の学生がチームでアプリを作る授業を担当していたと思い出しまして。授業には生きた題材の方が適していると判断し、その授業の中でお話をいただいた栄養素の数値計算を手助けする献立作成アプリの開発を行ったんです。

編集チーム:献立作成アプリでは、具体的にどんなことができるのですか?

南先生:決められた調理品の中から好きな献立を子どもが作成することができます。すると、献立の栄養素の充足率や食材重量などをアプリが自動で算出してくれるんですよ。

大晦日もお正月も!?アプリ開発はとってもハード!

編集チーム:アプリ開発は、どんな流れで行ったのですか?

櫨山先生:まず南先生がどんなアプリを求めているかを把握するために、「要求仕様書」を出してもらって、それをもとにアプリの構造を考えていくんです。この流れがとても重要で、うまくいかなければアプリ開発って失敗するんですよ。だから、一番最初に作るアプリへの要求を理解することがとても大事ですね。

編集チーム:双方の考え方をすり合わせることがとても大事なんですね。

櫨山先生:そうですね。ただ、献立作成アプリの開発をした年はコロナの影響で、完全にオンライン授業だったから、よりチーム内外のコミュニケーションが難しかったんです。そんな中、南先生は全ての授業に出席して、学生に意見を伝えたり質問に答えたりしてくださいました。

近藤さん:そして要求仕様書をもとにアプリの設計書を作るんです。この設計書は私たち3年生が作ったあとに、授業のアシスタントをしていた古川さんたち大学院生の方が確認してくださったんですよ。

古川さん:私たちはこの機能は本当に必要か、もっとこうすべきなのでは、という点で軌道修正していきました。

編集チーム:経験値のある大学院生からのサポートは心強いですね。実際に開発にはどのくらいの時間がかかったのですか?

櫨山先生:授業の限られた90分は大部分を学生さんの活動時間にしていました。その中で各グループ15分ぐらい時間を使ってもらってこの1週間の進捗報告をしてもらって。それに対して私からは軌道修正のためのフィードバックをしていました。そんな感じで15週間やりましたね。

南先生:後になって学生さんが、12月31日も1月2日も開発をしていたと知って、このアプリはどんなに大変なんだろうって思いました。後で聞いたら週60時間はアプリ開発の時間に充てていたみたいで。それがわかってたら絶対依頼しなかったなと(笑)。

櫨山先生:毎年すごくハードなんです。たった2単位の授業だけど、企業のアプリ開発のミニチュア版をやっているような感覚なので。私や大学院生も手を抜かないで徹底的にフィードバックをします。だから、別にインターンに行かなくてもいいんじゃないかと思っちゃうくらいで(笑)。

近藤さん:実際の企業の大変さとは違いますが、企業がやっているような開発を学生であるにもかかわらず体験できたと思っています。

昼マックなら朝・晩は?リアルな献立、新たな学び

編集チーム:実際に完成したアプリを使って家庭科の授業をされているそうですね。子どもたちの反応や学習に変化はありましたか?

南先生:小学校でアプリを試してもらったのですが、子どもが作成した献立の調理品を比べると、アプリを使ったクラスの方が栄養素の充足率の結果が良かったんですよ。

編集チーム:アプリを使った場合・使わなかった場合の比較までされていたんですね。

南先生:今まで時間がかかっていた数値の計算をアプリが自動でしてくれるので、何回も献立作成にトライできるんです。多い子は10回くらい作っていました。繰り返すうちに1日に必要な栄養素量の充足率や、調理品の数を得られるようです。

編集チーム:以前アプリを見せていただいた時に、確かに何回も試したくなるアプリだと思いました。

南先生:そこでね、朝ごはんを食べないと栄養素が充足しないとか、昼にマックを食べたら朝晩の献立をどうすべきかとか、いろいろな設定をするなかで気づきがあるんですよ。

編集チーム:さまざまなパターンで献立を作って、それが栄養素の数値としても分かると、実際の食事も気にするようになりますし、学習にリアルさが出ますよね。

南先生:これで少しずつ生活習慣病の患者が少なくなるといいんですけど。

アプリの画面 ここから献立に入れる調理品を選ぶことができる。

編集チーム:アプリにはイラストも入っていて楽しそうですね。

南先生:調理品はどれもイラスト付きです。あと、調理品に関しては家庭科の教科書に載っているものにプラスして、よく食べる調理品を附属高校でのアンケートで調べて、上位だったものを取り入れているんです。グミとか、意外なものも上位にあったんですよ。

編集チーム:確かにグミは教科書に載っていなさそうですが、高校生が食べるものとしてはリアルですね。

繰り返し献立作成を試したり、身近な食べ物を献立に加えたり。知識だけでなく、感覚でもバランスの良い食事を学ぶことができるアプリは、子どもの食分野の学習を「机上の空論」では終わらせないツールになっているようです。

アプリの画面。作った献立の栄養素が、どのくらい足りているかが確認できる。

自分の分野を飛び出して

この共同研究を経て、先生や学生は何を得られたのか。研究をして良かったと感じたことは何なのか、質問しました。

南先生:一番は、相手の分野のことを理解できたことだと思います。アプリ開発がこんなに大変だとは知りませんでした。今、学校現場で使える教材としての献立作成アプリも存在しますが、とても高価なんです。多くの学校ではなかなか導入できないでしょう。今回のアプリが発展して、手ごろな価格でダウンロードできるようになったらいいですね。

櫨山先生:我々としては、そういうアプリ開発の大変さを知っていただけたのが良かったです。ソフトウェアは使う人の要求を叶える道具だと思っていまして。学生にとっては大変だけど、生きた題材で開発できたこと、使う人に貢献する経験ができたことはいいんじゃないかと思いますね。

古川さん:相手の分野を知ることができたのがすごくいい経験だったなと思っていて。開発のことばかり勉強する人じゃなくて、使う人のことまで考える人が優秀なエンジニアなんだと思います。今回は南先生の要望に応えることで、アプリを使う先生や児童生徒のことまで考えて開発する経験ができました。あと、今回はアプリを作っておしまいではなく、その後の保守についても議論できたので、レベルアップした感じがします。

近藤さん:今の社会はチームで動くことが重視されていますよね。実際に依頼者がいる状況での開発を通して、技術的な力以外にもチームで何かを成し遂げるための組織のあり方や自分の立ち振る舞い方、人間力も身につけられたなと思います。

編集チーム:分野の違う研究室や人がコラボしていくことについてはどうお考えですか?

櫨山先生:今回はたまたま南先生と友達だったから、この話ができました。でも世の中、もしかしたらこの多摩地区にも、何か作ってもらいたい人がいるかもしれません。そういう人と我々をうまくつなぐ仕組みがあれば、もっといろいろな未来というか、夢が描けるかもしれないですよね。

 

取材を終えて

私たちLabエージェントは、学芸大学の個々の研究室の魅力を、研究室に代わって読者のみなさんに発信してきました。つまり、研究室と読者をつなぐエージェントだったわけです。それに加えて、これからは研究室同士をつなぐエージェントにもなれないか。そんな思いで、今回は共同研究を行った研究室を取材しました。取材して見えてきたのは、専門外の分野にも目を向けることの重要さでした。異なる分野と協力してこそ、今までになかったものが生まれる。これからは、そのきっかけとなる研究室同士のつながりも生み出せるようなLabエージェントを目指して活動していきます!

 

インタビュー

櫨山淳雄(はぜやま あつお)

大学院修士課程修了後、民間企業を経て、1999年から東京学芸大学に勤務し、現在に至る。

民間企業時代にソフトウェア生産技術に関する研究所に配属され、ソフトウェア工学という学問分野に出会う。ソフトウェア工学は広範囲な研究領域を有するが、大学に移ってからは、特に、人と人とが協調的にソフトウェア開発を行うことを支援するシステムの研究開発を行ってきた。また、大学の授業として、チームによるソフトウェア開発演習を20年以上にわたり行ってきた。受講学生により編成されるチームは、教員が与える数行の開発依頼文からシステムが持つべき機能を明らかにし、設計を行い、プログラムとして実現し、最後にシステムが不具合なく動作するまで動作確認と修正を行う。それはとても時間がかかり、数々の問題解決を伴うのであるが、それに粘り強く、真剣に取り組む学生の成長を見守ってきた。今回ご紹介した献立作成アプリもこの演習で開発されたものをベースにそれを発展させたものである。

 

南道子(みなみ みちこ)

食物学が専門。特に食物学の中で栄養素の体内での代謝に関する研究をする栄養学を専門としている。生体内での物質の代謝をみるために動物を飼育して食餌内容による物質の代謝を生化学的な手法を用いて検討し、動物細胞を使って目的のタンパク質の発現量について検討を行っている。卒論や修論では、食物繊維の摂取の意義について食育の観点や、動物実験を通じて健康との関連を調査・研究している。最近では、食事内容の何がどのような健康に影響を及ぼすかについて、炎症や酸化ストレスなどの観点で興味を持っている。

 

古川貴一(ふるかわ きいち)

東京学芸大学 教育学部 教育支援課程 教育支援専攻情報教育コースを卒業。同大学の大学院に進学し、教育支援協働実践開発専攻 教育AI研究プログラムを2022年に修了。株式会社メドレーにソフトウェアエンジニアとして就職し、現在は医療×ITの分野で、患者・医療従事者のためのWebアプリケーションを作成している。

 

近藤羽音(こんどう はね)

東京学芸大学 教育学部 初等教育教員養成課程 情報教育選修を2022年に卒業。現在は同大学の修士課程 教育学研究科 教育支援協働実践開発専攻 教育AI研究プログラムに在籍し、櫨山研究室で研究を行っている。研究内容は、ソフトウェア開発PBLのAIによる教育効果の可視化について。

 

取材・文/菅谷美月・石橋花雪
写真/渡邊恵美