教育を面白くするメディア 「エデュモット」EDUMOTTO東京学芸大学公式ウェブマガジン

edumotto

みちしるべ

南極の先へ 越冬の経験を糧に挑む

SNSで記事をシェア

冬には氷点下30度は当たり前、太陽が1カ月以上昇らない――。そんな生活に1年間挑んだ東京学芸大学の卒業生がいる。2012年度にF類(教養系 環境総合科学課程)を卒業し、通信技術者として南極地域観測隊の越冬隊に参加した落合哲さん。学生時代の興味は、どのように南極へとつながっていったのか。落合さんが勤めるNECネッツエスアイ株式会社の日本橋(東京)オフィスを訪ねた。

学生時代に熱中した「宇宙観測」がきっかけ

落合さんは現在、テレビ・ラジオ局の放送設備を保守管理する仕事をしている。「小さいころから宇宙や空のようなスケールの大きな世界に惹かれていました」。当時、宇宙を専攻でき、かつ教育を学べる数少ない大学であったことから、学芸大学の旧・教養系環境総合科学課程を選び、電波天文学を専攻した。長野県の野辺山にある大きな電波望遠鏡に通い、天体観測に打ち込んだという。大学院修了後、NECネッツエスアイに就職した落合さんは、同社社員が国立極地研究所に出向し、越冬隊に毎年参加していると知り、志願した。南極地域観測隊は、南極の気象や地質、宇宙物理などについて観測する調査隊である。第61次南極地域観測隊員としての派遣が決まり、南極の昭和基地で多目的衛星受信システムのパラボラアンテナの整備・保守・運用を行う担当者に任命された。このアンテナはVLBI(Very Long Baseline Interferometry)という星の電波を受信する観測や人工衛星のデータを受信することに使用される。南極観測船「しらせ」での航海を経て、 2019年12月に南極・昭和基地に到着した。

 

写真提供:国立極地研究所

極限の状況で生まれたつながり

「むかし本で見た、氷山やオーロラ、満天の星が目の前に広がっていました」。南極へ降り立った時には日本と別世界の環境に胸を打たれた落合さんだが、感動は長くは続かなかった。「とにかく寒い。冬には氷点下30度くらいの日はよくある。やがて、『極夜』といって40日くらい太陽が昇らない期間もやってきた。太陽光に当たることができないと、体内時計が狂うのか、精神的に落ち込んでくるんですよ」。他の隊員も同じで、基地内にある植物栽培用の照明を浴びにいくなど、みんな必死だったという。

 

南極から天の川を望む。格別の美しさだ。下方の影は落合さん。
写真提供:国立極地研究所

 

なんとか越冬隊の任務を果たして帰国しなければならない。物資も人手も限られている。専門分野が違う隊員同士で互いの職務を補い合い、時に落ち込む仲間の背中を押した。隊員たちと氷上で野球をしたり、露天風呂を作って入ったり、時にはアイドルの曲に合わせて「オタ芸」をしたりと、皆で協力してイベントを企画した。2021年1月、落合さんは仲間たちとおよそ1年に及ぶ南極での任務を終え、昭和基地を離れた。その後も、厳しい環境を乗り切った仲間とは年に数回は飲みに行く。「彼らは、かけがえのない存在になりました」と落合さんは懐かしそうに語る。

 

落合さんが保守・整備を担当したパラボラアンテナ。直径は11mにもなる。
写真提供:国立極地研究所

新たな夢

帰国から数年後、落合さんは、小学校を訪れた。社会貢献の一環でNECネッツエスアイが実施する出前授業「南極くらぶ」の講師をするためだ。ひとたび落合さんが南極での経験を語り出すと、どの子も真剣に耳を傾け、質問が次々に飛び出す。「ゲームとかSNSとか、目の前にある狭い世界だけでなく、もっと広い大きなものを見てほしい」という思いが伝わる手応えがあるという。落合さんはまた、学芸大学で学んだことが教える場面にも生きているようだと語る。

南極で仲間と支え合ったこと、その体験を子どもたちに語ること——。こうした機会を通じて落合さんは「人とより近い距離で仕事をしてみたい」という思いを強くしている。入社以来、技術者として勤務していると、機械を触って画⾯とにらめっこする時間がどうしても長くなる。「多様な人々と直接関わるような働き方」をどうやって実現していくか。その道筋はまだ見えていないが、「南極」の次なる目標は、そこにある。自分のありたい姿を求めて、落合さんの挑戦は続いていく。

落合 哲 さん

2012年度 東京学芸大学教養系環境総合科学課程(F類) 卒業、2014年度 同大学院教育学研究科修士課程修了。修了後、NECネッツエスアイ株式会社に勤務。 2019年、同社から国立極地研究所に出向し、第61次南極地域観測隊の越冬隊員として南極で活動。帰国後は同社にて通常の業務に加え、南極での経験を語る活動「南極くらぶ」の講師を務める。
在学中は ストリートダンスサークル @fter Beer に所属。

関連リンク

「観測隊の活動」 国立極地研究所
「南極 越冬隊の今」NECネッツエスアイ
出前授業「南極くらぶ」 NECネッツエスアイ

 

取材・編集/ 伊藤陽杜、居倉優菜、加藤千穂
取材協力/NECネッツエスアイ株式会社
写真提供/落合哲さん、国立極地研究所