
せんせいのーと
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せんせいのーと
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「せんせいのーと」vol.29 は、学校制度がご専門の前原健二先生です。東京学芸大学にはいくつもの附属学校や附属幼稚園が存在し、約半数の附属学校の校長は、大学の先生が務めています。今回お話を伺った前原先生もその一人、附属世田谷中学校の校長先生です(2025年4月現在)。A類国語科の卒業生でもある前原先生。教員養成大学とは何か、他国を研究対象とすることの意味とは。この大学を長く、そして広く見てきたからこその語りがつまっています。
前原 健二
先端教育人材育成推進機構 教授
東京都生まれ。東京学芸大学A類国語科卒業後、東京大学大学院教育学研究科教育行政学専攻に進学。理工系私大の教職課程に勤務した後、2009年10月に本学に着任。2022年4月から附属世田谷中学校校長を兼務。専門はドイツと日本の学校制度改革。著書に『現代ドイツの教育改革』(世織書房)。4歳になった孫に時々会うのが楽しみで、言葉と思考がどんどん増えていくことにいつも驚いている。
ご専門と研究について教えてください。
前原先生:私の専門は主に日本とドイツを対象とした教育制度の比較研究です。大まかに言うと「どのような教育改革を行ったのか/行っていないのか」「なぜそのような特徴を持つのか」を明らかにして、日本の学校改革の話に役立てようというのが、私の専門ですね。制度と言っても法律だけではなく、広い意味での規範や、親が子どもの進路を選ぶ際の価値観や社会的背景も重視しています。そのため、ドイツに足を運んでインタビュー調査を行うこともあります。
最近は、中途入職教員(一般の企業等で働いてから教員になる人)の研究も進めています。さまざまな職種を経験した人が教員になることを「学校現場の多様性」につなげて語られることも少なくありませんが、どうして教員になったのか、どのような人がやっているのか、教員になってからはどうなのかなど、あまり実態が明らかになっていません。彼らの経験がどのように教育現場で生かされているのか、あるいは生かしきれていないのかを分析し掘り下げることで、単に多様性という言葉で片付けることなく、教育現場をより良くする一助になると考えています。インタビュー調査やアンケート調査を通して、日々多様な教員像に触れています。
中途入職の教員に関する研究を始めたきっかけや、ドイツの研究と共通するものはありますか?
前原先生:学校をどうやって良くするかという問題意識が基本的なこととして根底にありますね。ある時、仲良くしているドイツの研究者に、教員不足の深刻化について質問されました。「肉屋でも本屋でもなんでも先生として働いてもらうために、途中から教員になる道を開拓しよう!といった流れがあるが、大学で教員資格をとる必要があるので時間やコスト面で、なかなか難しい。日本はどうなの?」と聞かれたことが研究を始めたきっかけでした。中途入職の存在について認知はしていましたが、免許の取得時期や費用、そしてどのような人がなぜ前職を辞めて教職を選んだのかなど、分からないことばかりだったので、気になって調査を始めました。
学校ソーシャルワーカーにインタビュー調査 2024年ミュンヘン市公立学校にて
学部の専攻(A類国語科)とは異なる、教育制度という分野に関心を持たれたきっかけを教えてください。
前原先生:国語は好きだったのですが、入学試験の出願時は小学校の教員になりたいという思いが漠然とあったので、そもそも専攻の科目のことまでは、あまり深く考えずA類に入学しました。教育制度への関心は、教員養成に対する悶々とした気持ちが生まれたことがきっかけです。当時、大学の先生に対して「しっかり授業をしてくれない」と不満を抱いていました(笑)。例えば国語科では、教育学だけではなく文学や言語学なども学ぶわけですよね。その際“教員養成はこの程度で良い”ではなく、ちゃんとその学問の水準でやるべきだと感じました。次第に「教員養成はこのままで良いのか、どうして日本の教員養成の仕組みとか大学の仕組みってこうなのか」と教育政策とか教育制度の領域に興味を持つようになりました。この勉強をするうちに面白くなって「自分がいつかきちんと教員養成の教育をやる人になってやる。」と、当時は若いので、そんなことを思ったわけです。国語科の勉強はあまりやらない不真面目な学生でしたが、教育学や教育史の勉強などは一生懸命していたと思います。本ばかり読む学生でしたね。
専攻ではない分野をどのように学ばれましたか?
前原先生:本と先生を通して学びました。 当時、憲法と教育の法律が専門の社会科の先生がいました。ある日、その先生のところに行って「教育政策の勉強をしたいのですが、なにか本を教えてくれませんか」と尋ねました。以後、その先生のところを時々訪ねるようになりました。2年ほど、一緒に勉強してもらいましたね。何かを授業みたいに教えてくれるわけではなく、おしゃべりしたり、本を貸してもらったりするだけ。私は学生で、愚かなことや素朴なこと、あるいは本を読んだ感想を話すのだけれど、先生はただ、ニコニコしている、といった感じでした。一対一のあの空間は、今振り返ってもありがたかったと思っています。
Gakugeiトレーナーを着る大学三年生の前原先生 1983年
なぜドイツを対象としたのでしょうか?
前原先生:大学院に入ってからですね。初めは日本のことを研究しようと思っていましたが、指導教員の先生から「日本を対象にするにしても、比較対象があると良いよ。ドイツのことやってみたら?」という提案をいただいたんです。当時、他の院生はアメリカやフランスを対象としていて、ドイツは対象にされていなかったということもあったでしょう。単なる偶然とも言えますね、きっかけは。しかし振り返ると、自分に合っていたとも思います。現在は「ヨーロッパ」とひとくくりで見られがちですが、当時は他国と比べてドイツには「どうしてナチスを生み出してしまったのか」という暗さがあった。悪い結果の要因を探る方が、雰囲気として自分にはあっていたな、と。
日本でドイツに関する研究を行う意味とは何でしょうか?
前原先生:そもそも他国を対象とする研究にはさまざまな立場の人がいるだろうと思います。私の場合、ドイツに関する研究をドイツに対して直接発信していくというより、日本社会にとってこの研究がどんな意味を持つかを考えたい。どちらかといえば発信対象が日本です。教育はその国の文化や歴史と密接につながっていて、ドメスティックな側面があるんですね。しかしだからこそ、日本の教育を深く考えるための鏡として、ドイツを見ることに研究の意義があると思っています。
一方で、私を研究へと駆り立てるのは、純粋に「どうしてドイツではそうなっているのか」という理由や背景の部分に対する興味です。まずはドイツの教育や社会を細やかに見て、そのあと「では日本はどうなのだろう?」と振り返る、そういう流れでやってきました。比較が第一の目的にあるわけではなく、まずはドイツを明らかにすることに徹してきたと思います。
教員研修に関する国際シンポジウム 2018年ドレスデンにて
校長として、附属中ではどのように過ごされていますか?
前原先生:もちろん学部生の時に教育実習には行ったのですが、附属中の実際の姿については、よく知らない状態で赴任しました。ですからまずは、学校の中で何が行われているのか、先生方や生徒たちの様子をよく見ることを大切にしています。週に2、3日行くので、いろいろなクラスの授業を見て回ることから始めて、次第に先生方にいろいろと聞くようにもなりました。先生方も生徒たちも授業を見られることに慣れていて、自然と受け入れてくれたので、ありがたいです。
附属学校の校長というのは通常の校長に比べ、裁量は少ないかもしれません。でも、それを不自由だとか残念だとはあまり感じていなくて。附属学校は副校長など先生方が中心となって、しっかりとした方針と日々の教育活動が積み重ねられています。その点がある意味、附属学校の自由な文化をつくりだしているのだと、私の目には映っています。私ができることは、そこにいる先生方や生徒たちと信頼関係を築き、何かあったときに責任を取ることだと思っています。
校長になられて発見や視点の変化はありましたか?
前原先生:以前、教育委員会で新任の教頭先生や校長先生に向けて学校経営に関する講義をしていたのですが、自分が実際に校長になってみると、自分が机上の理論だけで語っていたことを痛感しました。学校はもっと泥臭く、人と人との関係の中で一つひとつ動かしていくものなんですね。その現実に触れ、現場で奮闘している先生方への尊敬の念がいっそう強まりました。教育学の研究者であり、中学校の校長であり、という立場に悩むこともありますが、生徒たちの目には私は「校長先生」として映っているはずですよね。だから、校長先生として生徒に関わることのできる行事や昼の集会での短い話では、「生徒が何かを考えるきっかけになれば」と、いつも大切に準備をしています。
式典の様子 2023年度 附属世田谷中学校卒業式にて
これから、研究者として、教育者としてやりたいことを教えてください。
前原先生:昨年度出版した『現代ドイツの教育改革』は複数の論文がまとまった形のものですが、こういう本は、もっと若い頃に出すことが多いんですね。私はずいぶんまわり道をしてしまったみたいで、30年遅れの宿題を提出したようなものです(笑)。これで一息ついたところがあるのですが、それでもやっぱり、研究はまだ続けたいと思っています。いま取り組んでいる中途入職教員に関する研究も、いずれ形にできたら嬉しいです。最近は、日本語教育への興味も沸いています。以前、理系大学に勤めていた時、外国から来た留学生と接する中で、日本語教育の重要性を感じて勉強したことがありました。機会があれば、もう一度しっかり勉強したいですね。
ただ、私はやっぱり授業が好きで、学生と向き合う時間を何よりも大切にしています。研究と教育、どちらかを選べと言われたら、私は迷わず教育を選ぶだろうと思います。もちろんその二つは切り離せないものですが。健康なうちは一生懸命頑張りたい。ひとりよがりではなく、どんなに小さなことでも、学生が何か持ち帰ることのできる授業をしたいです。
前原先生の著書。附属図書館にも所蔵
この記事を読む方へのメッセージをお願いします。
前原先生:「蕎麦屋では蕎麦を食え」という言葉がありますが、大学生活においても同様で、大学生にはまずは大学の基盤である授業を大切にしてしっかり学んでみてほしいです。勉強だけがすべてではありませんが、他のことに時間を取られ、食わず嫌いで学びを犠牲にするのはもったいないと思います。大学という学びの場に身を置けることの貴重さを、ぜひ実感してほしいです。自由でありながら、その自由をどう使うかをしっかり考えることが、これからの自分を形作る大切な一歩だろうと思います。
“蕎麦屋では蕎麦を食え”という言葉の通り、出会うどんなことも拒まず、それ自体と存分に向き合うときを過ごされてきた前原先生。ご自身の研究を“besser als nichts”(ないよりはマシ)と形容しつつも、その語りには、東京学芸大学の文化を大切にしながら、教員養成のあり方を問い続けてきた矜持がありました。常に、そのとき/その場でしか刻めない気づきを重ねてきた前原先生の言葉が、少しでも多くの読者に届くことを願っています。
取材・編集/遠藤梢子
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