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教育の未来

学ぶとは何かを探して 〜教育キャンプ体験記〜

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高校まで教科の勉強を頑張ってきたが、大学受験が終わったら教科の勉強はしなくなる。資格試験や公務員試験を受ける人はいても、これまでのようなテスト勉強はしない。だけど、「学習」はテスト勉強だけではないはずだ。「学ぶ」とは何か開拓してみようと、私はこの冬、あるキャンプに参加した。

学校を卒業したら学習は終わり?

高校時代は数えきれないくらいテストを受けた。学校の中間テストに期末テスト。私も勉強=テスト勉強だという意識が強かったが、大学の授業の一環で公民館のイベントを運営した時、違う世界を見た。参加した地域の子どもや保護者、シニアたちが、私たちの発表や展示、ワークショップに夢中になり、交流している。

こうした実践は、学校教育に対して「社会教育」と呼ばれ、彼らの行動も含めて「学習」なのだ。私も高校3年生で進学先を調べるまで聞いたことがなかったが、実際に大学で社会教育とは何かを学ぶと、子どもから大人までを含む学問なのだと分かってきた。たとえば、私は小さいころから図書館で、たくさん本を借りてきた。絵本から児童文学、小説まで。国語のテストに出るわけではないが、本を読んでワクワクしたり想像したりするのは楽しく、本から学ぶことはとても多かった。大学入学後、図書館が「社会教育施設」に含まれていると知り、私は学校教育だけでなく、社会教育にも触れていたことに気付かされた。

だが現在、課外活動で中高生の学習支援ボランティアに参加していると、生徒たちから「学校を卒業すれば、やっと勉強とお別れできる!」というセリフを聞くことが少なくない。

学校の教科書で勉強するのも大事だが、ワクワクする学びはもっと創り出せるのでは? そんな思いを抱いている時、一般社団法人 Raise your Flagが主催する「廃校教育キャンプ」という企画を見つけた。参加者が教育に関する問いを持ち込んで、じっくり考え合う機会だという。

ワクワクする学びにはどんなものがあるのかを求めて、私は参加者と一緒にバスに乗り込んだ。

 

バスを降りると、前日から宿泊していた参加者が歓迎してくれた

キャンプの議論で得た視点

バスが到着した先は、千葉県成田市にある旧くずみ第二小学校。ここがキャンプ地。11月15、16日の日程で、北海道から大分県まで教育に関心を持つ98名が集った。

体育館で5人のグループワークが始まった。私が問いかけたのは「学校卒業後の学び」。「生徒に勉強する理由を聞かれたときに、どう返せばいいのかな?」。同じチームの4人からは「学ぶことでレベルアップを感じられるとモチベーションになるよね」「学び方を個人に合わせて選べたらいいのにね」。寄せられる意見を模造紙に張り付けていった。

私たちは、「理想の学び方」を植物に例えてみた。「新しい学び」は種、「学びの道筋」は茎、「学習者を支える様子」をジョウロや折り紙で作ったハチで表現した。

 

5人で一晩考えた「理想の学び方」は学習過程を植物にたとえる在り方

学びの種が芽を出すには

翌日、各グループで考えをまとめた作品を見て回る時間になると、教員の参加者が私たちの描いた植物を見て、意見をくれた。
「人生っていつも伏線になる学びをしてるよね。当時は何とも思っていなかった経験が、その後思わぬ場面で生きてくることがある」

その言葉を聞いて私は思い出した。教育学部に入学して誰かに学びを提供する方法を学んでいると、学習目標に基づいて内容を考えがちだ。しかし、何となく始めたり興味を持ったりしたことが、人生の楽しみを増やすこともある。その実例が、私。図書館に足を運び、本棚の前で「次は何を読もうかな」とウキウキした体験が、「社会教育」を選択し、子どもから大人まで、一生涯にわたる学びを考える現在に生きているのだ。

 

模造紙を広げて、お題に向き合う参加者たち(体育館での様子)

模造紙を広げて、お題に向き合う参加者たち

こうして「振り返る」ことで、学びの種が芽を出すのではないか。

これまで受けた授業での議論や、友人との何気ないやり取り――。考えを巡らせていることの中に、自分を豊かにしてくれる学びの種が眠っているかもしれない。日々の振り返りは、学びの種が根を張るために、固くなった土壌を耕す作業だと考えると、ずっとモヤモヤしていた胸の内に光が差したような気がした。

 

編集後記

キャンプで出会った仲間とのつながりは、これからも続く。最終日、空港で別れる時には「またね!」の声であふれていた。再会の時までに、自分の問いを深めたい。「こう考えるようになった」と自信を持って伝えられるように。

取材・編集/居倉優菜