みちしるべ
アートが引き出す“自分らしさ” 感じたままに表現する機会を
2023.10.31
みちしるべ
2024.07.04
東京学芸大学に通う学生がインタビュアとなって、さまざまな分野で活躍する卒業生が歩んできた道のりや将来の展望にせまるコーナー「みちしるべ」。今回は絵本の出版社で働く卒業生にお話を聞きました。専攻の生涯スポーツとは異なる業界へ進んだきっかけは実習中にあったとか。教員かそれとも別の道を進むか悩む学生におすすめの記事になっています。
インタビュア:片山なつみ、武藤瑞希
笠原伸之輔さん
秋田県出身。2012年G類生涯スポーツ専攻(現在のE類生涯スポーツ専攻)卒業。在学中は剣道部に所属し副キャプテンを務める。体育の教師を目指して教員免許も取得したが、心境の変化から教員にはならず、地元の「秋田放送」に就職。2017年に絵本などの出版社「福音館書店」に転職し、現在は宣伝業務を担当している。
※2023年秋にインタビュー実施
なぜ学芸大学を選びましたか?
笠原さん:私は小さなころから“剣道一色”の生活を歩んできました。高校時代も剣道部に入って練習に打ち込みながら、自ら後輩に指導を行う中で、教えることが好きだと気づきました。また、多くの先輩や先生との出会いを経て、将来は体育の教師として、これからの世代に私がこれまで授かったものを還元したいと思うようになりました。そのとき偶然、高校の剣道部の先輩で学芸大学に進まれた方がいたことから、学芸大学への進学を志すようになりました。
学芸大学での生活はいかがでしたか?
笠原さん:在籍していた生涯スポーツ専攻には、教員を目指す人、本格的に競技スポーツに打ち込む人など、さまざまな進路の選択肢を持った人たちがいました。そんな仲間と過ごし、いろいろな価値観に触れました。
剣道部のメンバーと菅平での夏合宿(中段右が笠原さん)
東京地区国公立大会にて(一番右が笠原さん)
教員の道に行かなかったのはなぜですか?
笠原さん:教育実習で子どもと触れ合うなかで、教室で先生がどんなに良いメッセージを伝えたとしても、壁1枚隔てた隣のクラスには届かないということに気づきました。
もちろん、それは当然のことなんですけど、何かを伝えるためには、それをどういう手法で伝えていくかということも重要なのではないかと思い始めました。そこから、もっと広い視野で「伝える」ことに向き合いたいと考えるようになりました。教育実習で芽生えた「もっと多くの人に伝えたい!」という気持ちが、自分の将来を考える大きな軸につながりました。さまざまな仕事を調べるなかでメディアに興味を持ち、最終的には地元秋田の「秋田放送」へ就職を決めました。
秋田放送 東京支社の営業部で活躍
現在はどのようなお仕事をされていますか?
笠原さん:5年間テレビ局で働いた後、「ぐりとぐら」など誰もが一度は見聞きしたことのあるような絵本をはじめとする出版物を数多く出版する「福音館書店」に転職しました。現在は、宣伝課で広報・広告・宣伝に関わる仕事をしています。学生時代に抱いた「伝えたい」という思いは、今も持ち続けています。
絵本のPR、興味深いです。テレビとの違いはありますか?
笠原さん:不特定多数の人に伝える放送局の仕事から、明確なターゲットにむけて伝えるようになりました。絵本は読み手の対象が子どもですが、それを買ってあげるのは大人です。もちろん大人は子どもに良いものを買ってあげたいですよね。だからこそ、大人に対しても絵本の魅力を伝えることを心がけています。
実際にどのようなPRに取り組んでいますか?
笠原さん:日ごろ扱う媒体はウェブサイトやSNSが多いですが、他にもさまざまなやりかたで、「伝える」仕事に取り組んでいます。
最近では、都営地下鉄の「子育て応援スペース」に、絵本のイラストを施しました。東京都交通局とのさまざまな調整や、絵本の著者の意見に耳を傾け世界観をくずさないようにビジュアルデザインを設計するよう心がけました。このように、大人にも楽しんでもらえる工夫をしながら新たなPRを考えています。
都営三田線・新宿線・浅草線・大江戸線で走っているので、ぜひ見つけてください。
都営地下鉄線の子育て応援スペース「ぐるんぱのようちえん」
都営地下鉄線の子育て応援スペース「だるまちゃんとかみなりちゃん」
他には「ぐりとぐら」60周年の際に、会社の社屋壁面にメッセージの掲出をしました。掲出期間中は、近くを通る方々が見上げたり、写真を撮ったりしてくださり、SNSでも反響があり嬉しく思いました。
大人が読んでも絵本は面白いですよね!
笠原さん:そうですね。しかも大人になってから絵本を手に取ると、読んでもらっていた当時は気づかなかった著者からのメッセージに気づくことがあります。記憶の底にあるものを思いおこすことで、自分の成長を感じることができる。大人になってからも絵本に触れるきっかけをつくり、子どもたちに絵本をつないでいく、そのお手伝いをしていきたいと考えています。
社屋の壁面をかざった「ぐりとぐら」
進路に迷う学生が多いですが。
笠原さん:学芸大学で教育を学ぶ上でいつも中心にあったのは子どもたちでした。子どもたちのことを常に意識していた大学での学びが、今の仕事に生きています。教員になるか就職するか迷う人もいると思いますが、学芸大学でしかできない教育を軸とした学びの時間を大切にしてほしいです。
また、学生時代はみんなが一緒であることに安心感があったりするのですが、実際に社会に出てみると、みんなと同じことよりもみんなと違うことに価値が見出されると感じます。
だからこそ自分だけの価値を見つけることはすごく大事なんです。社会に出ると自分だけの価値を磨き続けるためにまとまった時間を確保することは難しくなります。学生時代にこそ、まとまった時間を自由に使って自分の価値をつくりあげていくことを、とことん追求してほしいと思います。
進路に迷う私の心に刺さる取材でした。
笠原さんの「伝えたい」という信念が芽を出し、花を咲かせ、多くの人に共感や喜びを届けている様子に感動しました。私も自分の気持ちに正直に向き合い、その気持ちを軸に、社会で活躍する大人になりたいと強く思いました。
この記事が、進路に悩む学生の皆さんの背中を押すきっかけになれば嬉しいです。
執筆・編集・イラスト/片山なつみ