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【特別編】学校の「外」に目を向けて〜大学生訪韓団で学ぶ日韓関係

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「このまま突き進んでもいいのかな?」。教員養成に特化した東京学芸大学の学生は、日々「教育」に囲まれて過ごしている。そんな環境には、自分の中にある課題意識に気付くきっかけが沢山ある。社会科の教員を目指す新井麻愛彩(あらいまあさ)さんもその一人。彼女は学校の「外」に着目し、2023年9月、大学生訪韓団として日本を飛び出した。彼女の得た学びと、それを形にしようと奮闘する姿に迫る。

お茶の間と教科書のギャップに向き合う

新井さんは母が韓国ドラマが好きだったので、幼い頃から韓国が日常の中にあった。時代劇系から現代を舞台にしたものまで、さまざまなジャンルの作品を一緒に見てきた。「韓国ドラマは我が家になくてはならない存在なんです」

大学への進路選択で社会科教員を志望し、学芸大学のA類社会コースに入ったが、実は日韓関係に関する授業にずっと違和感を抱いていた。歴史で日韓関係悪化の原因について学び、地理で領土問題を取り上げ、公民で近年結ばれた条約や人権問題について学ぶ。教科書に書いてあるのだから間違いはないのだろう。ただ、日本側の考えが強調されていて、自分の実感とずれている。「韓国の人たちはどう思っているのだろう」と思っても、知る方法がない。「先生になっても、このままでは子どもたちに偏った先入観を与えてしまうのでは…」。そう思っていた時に、大学のポータルサイトで「JENESYS2023大学生訪韓団 参加者募集」という文字を目にした。「知りたい!」という気持ちに突き動かされ、昨年9月に日本全国の大学生27人と韓国へ飛び立った。

現地で心を通わせ 見えた“韓国”

韓国には、韓国史と日本史を選択制で学ぶ学校がある。韓国の教科書を見てみると、近代以降の歴史は抗日運動を前面に押し出した内容となっている。「教科書に自国の立場や感情が入ってしまうのは仕方がないことなのかもしれない」。その溝は長い年月をかけても埋まらないでいることを、韓国の教科書を見て改めて知った。

その一方で、街の中に出てみると世界は違っていた。

とあるコンビニでは、現地のお客さんが見ず知らずの新井さん達に「このジュース、おいしいからぜひ飲んでみて!」と、勧めてくれた。プログラム1日目。不安でいっぱいだった心に、優しさが染みた。

ホームステイ先でもご夫婦が流ちょうな日本語で迎え入れてくれた。一緒にキンパ(韓国の巻き寿司)を作ったり歴史ある市場へ出かけたり、彼らのおかげでたくさん貴重な体験ができた。煎餅とお茶をお土産に渡したが、彼らが気に入ったのは間食用の干し梅だったそう。思いもしない瞬間に「好き」が通じ合い、思わず笑顔がこぼれた。

ホストファミリーと作ったキンパ

現地では韓国の大学生と話をする機会があった。現地の大学生の感覚でも、反日感情を抱く若者は少ないらしい。ソウル大学日本研究所では実際に講義を受けた。日本のマンガや、アニメ、ゲームが海外で注目を集めている。政治的なメッセージを持たないcool Japanとして、大衆文化は日本の新たなイメージを形成する。国を超えたアニメ会社同士のコラボ、韓国語と日本語を融合させた「韓本語」で笑いを誘う一工夫までも見られるようになっているそうだ。

新井さんの体験談を聞いていると、日韓の垣根が低くなっているのを身近に感じる。ただ、私(筆者)は有名なK−POPのアーティストを知っているくらいで、韓国ドラマを見たことはない。全世代を見渡せばそういう人の方が多いだろうし、歴史や竹島問題を知ると簡単に判断できない、複雑な事情があるのが分かる。良いことばかりではない。学校はそうした事情にも向き合っていかなければならないのかもしれない。

しかし、教師が教科書に従って難しい事情ばかりを扱っていては、子どもたちの学びと実感が結びつかない恐れがある。この課題にはどう挑めば良いのだろう。

歴史に新たな1ページを「私の体験を授業にしたい」

現地で数々の温かさや優しさに触れ、韓国が大好きになった新井さんは、帰国後も韓国の人たちとの交流を続けることにした。9月30日、10月1日に駒沢オリンピック公園で開催された「日韓交流おまつり」にも訪韓団のOB・OGの一員として参加し、高句麗の衣装を着るコーナーや韓国人とのおしゃべりブースを用意した。そこには親子連れや学生を始め、様々な立場・年齢の日本人がやってきた。韓国の大学生と一緒に輪になって、会話を弾ませていた。「会話の種を生むきっかけを作れたことが嬉しかった」と新井さん。韓国でできた友人が「浅草を案内してほしい!」と東京に来てくれた。SNSでも互いの日常をやり取りしている。訪韓団の経験を経て生まれた絆は、今も国境をこえて確かに存在する。

韓国の友人からもらったメッセージの数々

新井さんの行動は、日韓の新たな歴史を築いているのではないだろうか。2年後に教育実習を控えた新井さんは「韓国の友人からもらったメッセージが、大事な教材になるのでは」と考えている。「この体験と想いを子どもたちに伝えて輪を広げていきたい。それが今の私の願いです」。アイデアはどんどん膨らんでいる。友人たちと撮った写真を紹介しながら、新井さんは目を輝かせた。

当時の思い出を振り返る新井さん

 

編集後記

はじめに新井さんの話を聞いた時は「学芸大生 ひと夏の挑戦」というタイトルが思い浮かんだ。しかし、新井さんをはじめ訪韓団に加わった学生たちの行動が何をもたらすのだろうと深く考えていると、この物語は「ひと夏」にとどまらない、何年も先を見据えたものなのではないかと気づいた。

考えて、実際に行動を起こし、また考える。そのサイクルの中でなりたい教員像を見つけ、大きな一歩を踏み出した新井さん。自分の足で韓国の地を踏み、自分の目と耳で得た新たな学びは、将来どんな道に進んでも、一生の強みになることだろう。彼女の経験から私も、「やりたい!」と感じたことに飛び込む勇気をもらった気がした。

JENESYS大学生訪韓団とは?

 

外務省の委託を受け日韓文化交流基金という団体が行う、対日理解促進交流プログラムの一つで1972年に始まった。大学生を対象として行う相互訪問事業で、今までに2000名以上が参加してきた大規模な事業。コロナ流行期が収まりつつある今年、4年ぶりのホームステイが再開するなど、更なる拡大が期待される。

 

JENESYSの大学生訪韓団に興味を持った方はこちら!

公益財団法人 日韓文化交流基金Webサイト

 

 

取材・編集/赤尾美優