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せんせいのーと

「変化する日本語を辿る」宮本先生が日本語史と歩む道

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Vol.27 宮本淳子先生

「せんせいのーと」vol.27 は、日本語・日本文学研究講座の宮本淳子先生です。宮本先生のご専門は日本語学・日本語史。私たちが当たり前のように使用している日本語に潜む謎とは?日本語研究のお話には、興味をそそるタネがいくつもつまっていました。

宮本 淳子

日本語・日本文学研究講座日本語学・日本文学分野 准教授

東京都出身。博士(人間文化科学)。2018年に東京学芸大学へ着任、2023年4月より現職。専門は日本語学。中世から近世にかけての日本語の歴史、書記史を中心に、「書」の習得に関わる伝書や人々の文字習得過程について研究する。国語教科書における日本語学分野の研究、授業提案のほか、他領域の研究者、小・中・高等学校、民間企業との連携による教材作成などにも取り組んでいる。

日本語学・日本語史とは、どのような学問でしょうか?

宮本先生:時間の経過に従って、日本語がどのように変化してきたのか、その疑問に迫る学問です。ちょうど、みなさんが小学校の国語で学習してきた「言葉の変化」、「仮名の由来」の単元を思い浮かべてもらうと、わかりやすいかもしれません。日本語学の研究は、さまざまな領域、切り口からアプローチされていますが、私は特に文字・表記について研究しています。

「日本語の文字」と聞いて、さまざまな文字が思い浮かぶのですが。

宮本先生:日本では、漢字や平仮名、片仮名、ローマ字など、さまざまな文字が使用されています。学問的には、漢字は表語文字、平仮名、片仮名は音節文字、ローマ字は単音文字などと説明されますが、複数の文字体系が併用される言語は珍しく、日本語が辿ってきた「歴史」が深く関係しています。このように、ごく当たり前のことと思われがちな日本語の特徴や歴史的変遷を解明しようと、さまざまな分野の研究者が協力して、アプローチしています。

研究の原点は小学校の授業

なぜ日本語学に興味を持たれたのでしょうか?

宮本先生:今になって振り返ると、小学校時代の先生から少なからず影響を受けたように思います。

どのような先生だったのでしょうか?

宮本先生タイの日本人学校で、日本語を教えた経験を持つ先生でした。国語の授業では、「あーえーいーうーえーおーあーおー」と、鏡や口形写真を見ながらの発声練習、清音、濁音、半濁音、鼻濁音などの音の説明が何度も扱われていました。当時教わった内容が、日本語学に関するものと認識したのは後のことですが、日本語について多面的に考えるきっかけになりました。
もう一つ、日本語に加え、大学在学中に京都市の文化財保護課のフィールドワークに同行し、扇職人の聞き取り調査を行ったことも、歴史的資料に関心を持つ契機となったように思います。

現在、どのような研究をされていますか?

宮本先生:かつての日本では、現在はあまり目にしない仮名が存在したのですが、その使用実態について研究しています。たとえば、この資料をご覧ください。これは、江戸時代初期の資料で、観世黒雪という人が書いたものです(下写真)。

観世黒雪は本阿弥光悦とも交流があった能役者。黒雪自身も「光悦流」の書き手として知られていた。

現在の平仮名と同じ、「の」の存在に気づかれると思いますが、その左にまた別の形の「乃(の)」が見えます(写真右丸印)。この資料のさらに先には「濃(の)」も用いられています。こうした何種類もの仮名(異体仮名)がどのように使用され、漢字との関係はどうであったか、といったことを研究しています。

研究の方法は?

宮本先生:日本語の文字の研究方法はいくつかありますが、主に特定の仮名の使用位置や用例を計量的に調査し、その特徴をとらえるという方法を用いています。根気を要しますが、資料を丁寧に分析することで、なんとなく文字が並んで見えるところに意外な事実が確認されることがあり、それを証明していく過程が研究の魅力なのだと思います。卒業論文では、室町時代の世阿弥の資料を扱いましたが、現在は江戸時代の資料や「光悦流」などの書の流派、「書流」についての研究をしています。

日本語を楽しく、深く学ぶ

小学校国語教科書の研究や教材づくりもされていますね。

宮本先生:国語教科書では、さまざまな日本語学領域の内容が扱われています。たとえば、複合語の単元では「前歯」という語が掲載されています。「前」と「歯」という語から成る複合語ですが、「まえは」とはならず、「まえば」と濁ります。なぜ、どのような時に音が濁るのか。一つの現象から、日本語の音の特性を自発的に考えるきっかけを生み出す工夫として、学校現場、民間企業などとも協力し、教材制作を試みています(下写真)。子どもたちが遊びながら、日本語についての「気づき」が得られる教材を提案していけたらと思います。

日本語の音の特性を楽しみながら身に付けられる「黒毛和牛ゲーム」。デザインしたのはゼミの4年生2人。

先生のゼミ、卒業論文で扱っているテーマについて教えてください。

宮本先生:国語科には卒業論文執筆のためのゼミ(研究室)と、学生が自主的に活動する自主ゼミがあります。現在、研究室には8名の4年生、10名の3年生が所属していますが、化粧品広告の色彩語、日本語の誤用、武士の待遇表現など、多種多様なテーマの研究に取り組んでいます。いずれも時代や社会の変化に応じて変化する日本語の変遷を扱っています。

先生のこれからの目標を教えてください。

宮本先生:一人でも多くの方に日本語、日本語の歴史に関心をもってもらえたらという思いがあります。学生のみなさんが教員となり、自身の関心事と結びつけながら、日本語の面白さを伝えていってもらえるよう、大学や大学院の授業で工夫を重ねていきたいです。研究で得られた結果を、他の研究領域や教育に還元することはなかなか難しいことですが、学校、民間企業、美術館・博物館とも連携しながら、良い循環が生まれるよう、進めていければと思っています。

編集後記

宮本先生は学生に、「大学生のうちに、美術館や博物館など、いろいろな場所に足を運んでほしい」と投げかけます。興味を持つもの、魅せられるものは人それぞれ。常にアンテナを張り巡らせて動くことで、学びや発見の可能性を広げることができるからです。 私たちの日常にある日本語。目を輝かせて語る先生の姿は、日本語史に魅せられる「ファン」のようでした。新たな知識に触れた時の喜びが宮本先生の原動力なのかもしれません。


関連サイト
宮本先生が指導する自主ゼミ「日本語史ゼミ」を知りたい人はこちら
国語科「自主ゼミ」一覧(東京学芸大学国語国文学会ウェブサイト)

 

取材・編集/小沢真奈、山内優衣、久慈浩聖、斎藤育