
せんせいのーと
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2025.11.17
東京学芸大学公式ウェブマガジンせんせいのーと
2026.02.12
せんせいのーとvol.33は道徳教育が専門の浅部航太先生です。
北海道で生まれ育った浅部先生は、高専での「ずっと水槽の砂を見ている」実習を通して「もっと人と関わる仕事がしたい」という思いを持つようになり、教育大学の国語科に編入学します。そして教師の道に進んだのち、道徳の研究者になりました。異色の経歴を持つ浅部先生の根幹にあるのは「子どもの心を育みたい」という思い。
浅部先生が歩んだ道のりと、子どもの人格形成に関わる道徳教育の奥深さに迫ります。

浅部 航太
教職大学院 総合教育実践プログラム 准教授
北海道知内町出身。函館工業高等専門学校卒業後、北海道教育大学函館校(国語科)に編入学・卒業。道内の公立小学校に勤務中、道徳教育について研究したいと考え、北海道教育大学教職大学院(札幌校)に進学・修了。教職修士(専門職)。北海道教育庁空知教育局指導主事、北海道立教育研究所主任研究研修主事を経て、2023年に東京学芸大学に着任。
専門は道徳教育。よい道徳教育とは何かを明らかにするために、道徳性について研究するとともに、道徳科の指導と評価、道徳教育に関する研修、研究方法等について提案を行っている。
今行っている研究の内容はどのようなものですか?
浅部先生:主に「道徳性の研究」をしています。ICT機器やAI等が進化し社会が大きく変わっているにもかかわらず、道徳性の定義は昭和30年代くらいから変わっていなくて、最近の科学的な知見もそれほど生かされていないという課題があるんです。だから、海外で行われている「最新の」研究を参照しながら道徳性にはどんな構成要素があるのか、研究しています。他には、道徳の授業の「達人」と呼ばれる先生方が授業中に考えていることを探っています。また、「こういう風に生きたい」と思いが持てるようになった子どもにそのきっかけなどのインタビュー調査をしています。

大学で、道徳教育について研究しようと思ったきっかけはなんですか?
浅部先生:教員時代に同僚の授業を見たことですね。その授業では子どもたちが泣きながら自分の思いを赤裸々に語っていたんです。とても衝撃的で「こんな授業は他の科目ではなかなかできない」と感じました。教員になるより前、塾講師をしていたころから「心を育みたい」と思っていたこともあり、道徳教育に興味を持つようになりました。
そして30代の時、道徳教育の学び直しのため教職大学院に入りました。ある時、愛知で研究発表をする機会をいただいたのですが、発表の後に「でらわかった!ありがとう!」と現地の校長先生に深く感謝されたんです。それを機に「自分の研究が誰かの役に立つって素敵だな」「こういう仕事を一生できたらいいな」と思い、大学の先生を目指しました。
浅部先生ご自身の授業で最も印象に残っている授業はどんなものでしたか?
浅部先生:学級がうまくいっていなかった時期に行った授業ですね。その授業では学級のある子をイメージしてその子にあった教材を自分で用意したり、保護者全員にお願いして子どもに手紙を書いてもらったりしました。授業自体は下手だったけれど、子どもが自分の気持ちを一生懸命話していたし、最後は手紙を読んですごく感動的な雰囲気で終わりました。それをきっかけに学級がいい方向に変わったように感じています。
道徳科は、教員が授業の落としどころを決めてしまう「予定調和的な授業」になってしまうことが課題だと言われています。先生が納得していても、子どもが納得できなかったら意味がないんです。子どもが先生や友達との対話を通して他者の考えを知り、子ども自身が気付いていく。そういう授業になるように意識していたら、道徳科だけでなく、他の科目の授業も変わりました。「子どもと授業を作る」意識が自然と身について、沈黙も子どもを信じて待てるようになったんです。

教員時代の浅部先生(ご本人提供)
道徳の授業をしていて難しいと感じることはありますか?
浅部先生:数えきれないほどありますね。道徳は成果が目には見えづらい。すぐ子どもが変わるということでもないし、逆に子どもが一気に変わる授業は洗脳しているのかなと思ってしまう。だから「本当にこれでいいのかな?」と疑心暗鬼に陥ることがあるんです。
それは研究においての課題でもあります。何が道徳教育として「良いもの」であるか、説得力のある“ものさし”が存在しません。だからこそ今、私は道徳性の研究をしているのかもしれません。他の教科に比べて身に付けるべきスキルや知識が曖昧だし、まとめが存在しない。そんな道徳ではどういう力をつけるべきなのか、その力はどうやって見取るのが良いのか、基礎研究に力を入れて取り組んでいます。
先生が考える道徳の良さってなんでしょうか?
浅部先生:一番は人格の形成に直接関わることができることですかね。教育の目標の中でも人格の形成は大部分を占めると思いますが、道徳は子どもと生き方を対等に話し合うなかでそこをじっくり考えることができる教科だと思います。
SNSの存在が当たり前になりつつある今、現代の子どもは触れる価値観が前より狭まっているのかもしれません。たとえば、「あなたへのおすすめ」では出てくるものが自分の興味のあるものに限定されてしまうし、自分に必要な情報を選び取って消費していきますよね。だからこそ、道徳の授業を通して、いろいろな価値観や考え方に触れる必要があると思うんです。さらに、最近はAIの発展が著しいけれど、AIは現時点で倫理的な判断はできない。最後の判断を下すのも責任を追うのも人間なので、その判断に関わる道徳はますます必要になるのだと思います。

これからの道徳に期待していることはありますか?
浅部先生:今までは、「思いやり」「公平」「友情」など一つの道徳的価値の意味や良さを考える授業が主流でした。そういった授業のよさを大切にしつつも、本当に答えが出ないような現代的な問題をみんなで議論する時間が道徳にもっとあっても良いと思います。気候変動の問題とか平和の問題とか、それこそ生成AIとどう向き合っていくかとか。そういった授業が一層増えていくことが、今の世の中を生きていくうえで必要な力になるのかなと思っています。
最後に、読者へのメッセージをお願いします。
浅部先生:道徳はいつまで研究しても飽きません。そんな奥が深い道徳をぜひみなさんと一緒に勉強できたら嬉しいです。それから、学芸大学で受ける道徳の講義は2年生だけですよね。もし興味がある人がいれば学年を問わず道徳を学び続けるための場を作りたいなと思っています。
この取材に至ったのは「道徳教育の指導法」という2年次の授業がきっかけです。毎回の分かりやすい授業に丁寧な個別のフィードバック。それらによって私は自然と「道徳の授業をしてみたい」と思うようになりました。
今回の取材を通して、浅部先生を動かす基盤には、道徳に根付かれた「人を育てたい」という心があるのではないかと感じました。「すぐに子どもが変わることでもない」けれども、芽に水を遣り続けられる、その懐の深さが教育の本質とも関わっているのかもしれません。
取材・編集/小沢真奈、寺田桃子

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