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教育の未来

研究の種は日常に溢れる「面白い」  〜まだ見ぬ音楽教育の未来へ〜

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「教育のこれから」の第3号では、東京学芸大学の卒業生で、現在、弘前大学教育学部音楽教育講座 助教の小田直弥先生にお話を伺いました。
前編では、小田先生の多岐に渡る研究内容や活動を中心に深掘りをしました。後編では、よりパーソナルな部分を伺い、「核」に迫っていきます。
小田先生の語る「研究の種」は、みなさんが未来を考えるきっかけになるのではないでしょうか。ぜひご一読ください。

「君は何屋さんなの?」 すべて「歌と関わること」だった

徳田:小田先生はピアノを弾き、歌も歌い、指揮も振り、合唱指導も行いと幅広く音楽に関わられていますが、その背景が気になります。

小田先生(以下敬称略):実はそれが私の人生の悩みの一つでもあります。「ピアニスト」や「指揮者」のように肩書がひとつの方が社会には理解してもらいやすいですが、私のように2足、3足のわらじを履いていると、「あの人は中途半端」「よく分からない」と言われてしまいます。

私がこの道を選んだきっかけは、高校の時習っていた学芸大出身の声楽の先生の影響でした。その先生は、指揮、声楽、作曲をする”何でも屋さん”でした。その姿に憧れ、先生のようなスーパーマンになるには歌を上手に歌える必要があると考え、私も学芸大学への進学、そして自分の弱いところを補完するためにあえて声楽専攻に決めました。

大学卒業後、ピアノや指揮者として仕事をするようになると「君は何屋さんなの?」と言われることがありました。そこで、当時学芸大学での指導教員であった大野徹也先生にご相談した時に、「君は一つに絞る必要はない。一つでも欠けたら君じゃなくなるんだろ?だから、君はその全てをやればいいじゃないか」とおっしゃられたんです。

社会ではプロフェッショナルは一つのことを突き詰めるものとして厳しいお言葉をいただくときがあります。でも、大野先生が見ていたものはもっと広い世界で、「音楽とは何か」「歌とは何か」を知りたいから歌うし、ピアノを弾くし、指揮もすると伝えてくれたと私は思ったんですね。私が一番知りたかったことは「歌と関わることだった」ということを大野先生から教えていただきました。歌を知るために、私は歌を歌ってピアノを弾いて指揮をするんだと、それだったら一つじゃないかと思うことができました。

一見異なることでも根底は同じ目的

徳田:学芸大学在学中はどのような研究をされていましたか?

小田:修士課程では、論文としてドイツの作曲家のオペラ作品を、演奏試験としてイタリア歌曲を扱い「言葉と音」をテーマに研究していました。たとえば、私が今話している声を楽譜に書き下ろすと若干の音程差はつきますが、ほぼ八分音符で等速に書かれ、漂う旋律ができますね。このように、言葉と音は互いに関係していて、西洋音楽の起源を辿っていくと「話すこと」と「音楽」は互いに一緒であったとされています。また、たとえばみなさんプレゼンテーションを組み立てるときには、最初に結論を伝え、ストーリーを通して、最後にもう一度主張を伝えて説得力を出すなど、構成を意識すると思います。このように、相手に物事を伝える上で話す順序を大切にすることは、音楽の世界ではソナタ形式やロンド形式(*2)にも関係しています。

時代が進むにつれて、言葉の意味を音に表象させたり、新しい和音を見つけたり、新たな音楽の構造をつくったりしてきました。音楽の歴史は、いつも言葉と一緒に発展してきました。

私は研究の中でドイツ、イタリアと異なる国の作品を扱っていましたが、そこにも私の人間性が現れています。一見異なることを研究しているようですが、広い視点でみると根底は同じ目的から出発していました。

(*2)
ソナタ形式 「提示部」「展開部」「再現部」の3つの部分からなる楽曲形式。
ロンド形式 「主題」とそれぞれ異なる「挿入部」が繰り返される楽曲形式。

「面白い」から生まれる「学び」の連鎖

徳田:学芸大学での学びが現在どのように活きていますか。

小田:「面白いと思うことへの感度」を高めてくれたと思っています。私は元々興味があるものは何でも面白がる人間ですが、学芸大学には「面白がれる小さなきっかけ」がたくさんあった気がします。

また、面白がれるきっかけは、ポジティブなことに限りません。たとえば、先生からの指摘に納得できないとき、自分と相手の考え方の違いがありますね。その際、相手を否定するのではなく、その時間、その場を共有した2人の間で考え方の違いが発生したことそのものを面白いと思っていました。学芸大学での日々は、「面白いと思ったところから学びが生まれて、また面白がりながら学んでみる」の繰り返しでした。生活の中にある些細なことにも面白さを発見することが、自分の専門領域を深めたり、広げたりすることにつながりました。

学校を超えて「音楽」をともに学ぶ

徳田:小田先生の考える未来の音楽教育について教えてください。

小田:壮大なテーマなので、どういう切り口でお話しできるか悩みますが、私が今は青森県にいる関係で、こんなことができたらいいな、と思うことがあります。

勤務校の学生をみていると、西洋音楽の中ではフランス音楽、日本の音楽だと三味線などについて、身体が知っているような印象を受けます。学芸大学でお世話いただいていた先生にこのことをお話したとき、「言葉」の影響がはあるのではないか、とご意見いただきました。
津軽弁は、私にはまだ十分に聞き取れませんが、単語の特徴のみでなく、母音やイントネーションなど、生活の中にある音環境が随分と東京とは違います。そうした言葉の特徴が本当に学生の音楽の趣向や音楽の捉え方に関係しているか分かりませんが、ただ、どうやら違う気がするのです。

「未来の」という言葉が出てくるとき、ICTがよく話題にあがってくると思います。音楽の授業においても、創作などではICTは活躍していると思いますし、昨年度の「弘前大学教育学部附属四校園第1回合同公開研究会」では、小学校、中学校、特別支援学校の子どもたちが身の周りにある音を見つけ、録音し、QRコード化して、それを体育館いっぱいに貼り付けて、好き好きにQRコードを読んで、音を楽しみ、音楽を創っていくという発表を行いました。

ICTが、クラスや学校の中に留まらず、学校を超えて繋がるツールになり、そこに音楽教育の拡がりが見えるといいな、と思います。ある地域の先生と子どもが共有している音楽観と、異なる地域の先生と子どもが共有している音楽観がクロスしていき、「音楽ってなんだろう?」と子どもたちが自然に問えるような音楽教育の仕掛けがあると面白いです。

「音楽」と聞くと、とかく西洋音楽が頭に思い浮かぶかもしれません。しかし、世界の音楽が言われだし、西洋音楽は世界にある1つの音楽のスタイルであるという位置づけになり、西洋音楽を相対化することで世界にあるさまざまな音楽に目を向け、もっと広い視野で音楽を考えることが主流になってきました。

個人的には、こうした世界のさまざまな音楽に目を向けることに加えて、日本国内においても、同時代の異なる地域とのクロスから、音楽を考えることに可能性を感じています。たとえば、青森の子どもたちと東京の子どもたちが、1年に1つ単元をともにするというのはどうでしょうか。音楽のとらえ方の違いが共有できそうな創作活動を入り口にしていくとイメージしやすいです。

こうした夢のようなアイデアについて、具体的な実現方法を質問されると困るのですが、ただ、未来を語るときに、「音楽とは何か」という問いと往復しながら面白いアイデアを出していくことが大切なのではないかと思っています。2011年以降、日本の人口増加率がマイナスになったことも個人的には重要視しています。子どもたち同士がSNSだけでなく、学びの場でつながり、アイデアを出したり、協力してなにかを成し遂げる体験はこれからますます重要になってくると思います。クラスの仲間、同じ学校の仲間だけでなく、学校を超えて「音楽」をともに学ぶことができれば面白いと思います。

コロナ禍で生じた変化

徳田: 続いて、コロナ前後で起きた音楽の変化について伺いたいと思います。

小田:コロナ禍では、コロナ前に比べて自分の演奏を録音したり、録画して公開する機会がとても多くなりました。その際、プロのCDなどを基準にして、その演奏レベルや録音技術を自分にも求めるようになりました。自分の演奏を客観的に聴くことで、より練習にストイックになったという点は、今まで経験したことがない過酷さです。ただ、お客様の前で演奏する経験だけでは得られない音への集中力が得られた点が、いまを生きる演奏家のコロナ前後で起きた大きな変化と言えますね。

合唱では、舞台上の並び方が大きく変わりました。歌が苦手な子を得意な子の近くにする、苦手な子の後ろに得意な子を置くなど、以前は並び方によって教育的配慮をすることができました。しかし、今回コロナがもたらしたのは「人と人との距離をしっかりとること」です。
つまり、歌が苦手な子を従来の方法ではカバーしてあげられないということですね。新しい支援が必要ですし、苦手な子にとって合唱が苦しい体験になっていたかもしれません。

自分らしいスタンスで未来を切り拓く

徳田:最後になりますが、先生は今後教育にどのように携わっていきたいですか。

小田:正直5年後、10年後に自分が何をやっているかは分かりません。それでも、「感じる・考える・行動する」という三つのバランスを意識すれば、どの領域でも私らしいアイデアがきっと出てくると思います。
学生時代、ベンチで空を見上げながら、講義で持った問いについて考えたり、何かを感じたりしながら自分と向き合っていたことを思い出します。
行動することも大切ですが、自分にとっては何かを”感じる・考える”ことが昔からとても重要だったのかなと思います。

編集後記

取材の前半では、小田先生の研究について、後半では「面白い」を追究することや「感じる・考える・行動する」ことの重要性について学びました。現在行われている音楽の研究や実践が、未来の音楽教育にどのような影響をもたらすのか気になりますね。そして、今後はさまざまな角度から教育を見つめなおしていきたいですね。これからも未来の教育に関わる記事を発信していきます。次回もお楽しみに!!

小田直弥(おだなおや)

弘前大学教育学部音楽教育講座助教、東京学芸大こども未来研究所学術フェロー

東京学芸大学大学院修了。教育研究活動としては、現在、ヤマハ株式会社によるエジプト国初等教育への日本型器楽教育導入事業(非認知能力の測定手法検討)等に参加。演奏活動としては、声楽の共演ピアニストとして「新作歌曲の会第21回演奏会」(2021)、「大野徹也リサイタル ’21 ~珠玉の独逸 日本歌曲~」(2021)等、合唱指導者として「合唱団よびごえ」があり、「春こん。東京春のコーラスコンテスト2022」では、「ユースの部 女声」にて同団体の演奏が金賞(1位)ならびに東京都合唱連盟理事長賞を受賞。

取材・編集/徳田美妃、松永裕香、松田千皓、大島菜々子、片山なつみ