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不登校の子どもたちに寄り添う「もくせい教室」が示す支援の在り方

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学校へ行くことに難しさを感じた経験はありますか。かつて、あなた自身の周りに学校へ行くことに難しさを感じていた人はいましたか。東京学芸大学にある「もくせい教室」はそんな子どもたちに寄り添う場所です。一体どのような場所なのか。どのような役割を果たしているのか。小金井市教育委員会指導主事の向井隆一郎先生に案内していただきました。

東京学芸大学が小金井市と連携して取り組む、不登校の子どもたちへの新たな支援

もくせい教室は、学校に通うことが難しい子どもたちの居場所として設置された、小金井市が運営する教育支援の教室です。もともと武蔵小金井駅前にあるマンションの一室で運営されていましたが、令和3年9月に学芸大学構内にも設置され、試行運営がスタートしました。そして令和4年4月1日から完全移転し、本格的に始動します。ここでは学芸大生もボランティアとして関わることができるように、本学の「こどもの学び困難支援センター」の先生がコーディネートしています。

もくせい教室が学芸大学の構内に設置された背景には、「小金井市と国立大学法人東京学芸大学との連携推進に関する協定」があります。この協定は、大学構内へのもくせい教室の設置に加えて、小金井市教育委員会と東京学芸大学が連携して不登校支援の実践・研究を行うことを目的としています。

開室時間中、子どもたちは各自行いたい活動を選択し取り組みます。学習教材については学校に配布されているノートパソコンを活用し、各自の状況に適した学習を行っています。教科の枠組みにとらわれない活動を、こどもの学び困難支援センターの先生、市から派遣される指導員の先生と、学芸大生が連携して行っています。今後は、学芸大学の先生の研究や、学内のプロジェクトや施設の活動ともくせい教室の子どもたちをつなげて、学びの選択肢をひろげていく取組を進めていくそうです。

子どもたちは開室時間のなかで好きな時間を設定して、それぞれのペースでもくせい教室に通います。時間は保護者の方と面談して決めます。開室時間は午前9時から午後4時。水曜と土日曜・祝日はお休みで、学校の長期休業期間中は、子どもの状況に応じて個別対応を行います。

もくせい教室と子どもたちの活動のようす

ハロウィンに向けた子どもたちの作品

大学内の農園などがある西門近くにもくせい教室は設置されています。手づくりのかわいらしい看板が目印で、小道を入っていくと花壇の花や松ぼっくりの山、季節を感じるイベントの作品などが見えてきます。少し緊張しながら教室の扉を開けると、玄関に並ぶ靴や、笑顔の子どもたちが机をかこんでいる光景が目に飛び込んできました。宿題やドリルなどを持ってきて勉強する子、学校で配布されたタブレット端末を持ってきて、好きなことを調べたりアプリで勉強したりする子、ボードゲームを指導員の先生と一緒にやる子。リラックスした雰囲気で、みんな自由に過ごしています。登校日や滞在時間もそれぞれ異なっており、子どもたちの少しでも「行きたい」「頑張ってみよう」という気持ちを大切に、柔軟な活動が出来る場所となっています。

教室の外にある植物は子どもたちが植えて育てたもので、観察や学習といった活動にもつながっています。他にも、用務員さんがいろいろ教えてくれたり、工作などに使える松ぼっくりや竹などを集めてきてくれたり、いろいろサポートしてくださるそうです。

用務員さんが集めてくれた松ぼっくりや竹

みんなで季節のイベントの計画をたて、準備をすることもあります。そういったさまざまな活動は、本人の「やってみたい」という気持ちを大事にしているので、決まった時間割はなく、やりたいことをやるという過ごし方をしています。実際に取材時にはハロウィンに向けて子どもたちが作成した仮装グッズや飾り付けが置いてありました。

ここの部屋に来ているのは、主に小学生の子どもたちで、みんなでワイワイ過ごしています。
勉強しやすいスペースは構内の別の棟にあり、自習をしたい子どもたちに、学芸大生が学習支援を行えるようにしていくそうです。学芸大学が子どもたちをいろいろな面でサポートできる機会がどんどん増えていきそうですね。

取材中に中学生がもくせい教室にやってきました。ここでは中学生のお兄さんお姉さんとして小学生と関わっており、学年を超えた交流が行われていたことも印象的でした。活動内容や目的によって場所を選択できるのも、魅力の一つです。

向井先生からのお話「不登校の子どもへの向き合い方」

ここまで一通りの見学を終え、もくせい教室の役割や子どもたちの実際の様子を見てきました。「学校に行くことが難しい子どもたち」や「その支援の場」を見てきたなかで、編集部員から浮かんできた疑問もあります。そこで、向井先生にお話を伺いました。

もくせい教室を案内してくださった小金井市教育委員会指導主事 向井隆一郎先生

編集部:学校が好きだから先生になりたいと思っている学生にとって、小・中学生のころに学校に行くことに違和感を覚えることや、辛さを感じたということがなかった人も多いかもしれません。実際に自分も、クラスにいた不登校の子にどう接すればいいかわからなかったという経験があります。同級生や学校の先生は、不登校の子どもにどう接すればいいのでしょうか。

向井先生:難しい質問ですね、正解かどうかわからないのですが…。
先ほどもくせい教室にいた子どもたちは、学校には行けないけれど、ここでは元気に過ごしています。おそらく学校が嫌ということではなく、なんらかの原因で学校に行けなくなっているのだと思います。学校に行くエネルギーがなくなっているので、そのエネルギーを貯めてもらうことが、まず大事なことです。それまでの間は、とにかく見守って、理解することが必要だと思います。

ここでは、学校に戻ることがゴールではないのです。学校だけが学びの場ではないということです。実は私も令和3年の3月まで小学校の教員をしていました。自分のクラスにも不登校の子どもがいたことがありました。私はその子どもに対して、ちゃんと見守っているよ、関わっているよ、大丈夫だよ、何かあったらいつでもおしえてねっていうメッセージを発信し続けました。絶対にしてはいけないのは、無視すること、関心を持たないこと、拒絶することだと思います。

とはいえ、クラスの子どもに毎日迎えに行ってもらうとか、そういったアプローチはかえって逆効果の場合もあって、後ろめたさを感じさせてしまっていることもあります。不登校の子どもへの対応に正解はないと思っていて、その子にあった対応が必要なんですね。だからこそ難しいのです。

向井先生からのお話「寄り添うこと」

向井先生:熱心な先生の中には、自分の枠からはみ出る子をゆるせなかったりします。でも、枠にはめようとすればするほど、子どもたちはつらくなる。不登校につながっていくのではないかなって思っています。子どもとはいえ、一人の人として気持ちを大事に考え、その子の主体性を生かしてあげてほしいです。先生になる人たちは、子ども一人一人の気持ちを理解することを大事にしてほしいなと思います。

編集部:学校の先生と気が合わないというのも、不登校のきっかけになると聞いたことがあります。教員のあり方って大事ですよね。

向井先生:不登校の原因はさまざまな要因があるかと思うのですが、きっかけのひとつとして、大人の何気ない一言が原因になることもあります。そんなつもりで言ったのではないのに、ということがあるので、声かけは細心の注意をしなくてはいけないですね。若い先生が最初に苦労するところは、声かけなのかなと思います。HSC(ハイパーセンシティブチルドレン。生まれつき非常に感受性が強く、敏感な気質もった人)の子どもなどは、友だちが注意されているのに自分が言われているように感じたり、真に受けてしまったり、そうやって辛くなってしまったりするのだそうです。そういう子どもが不登校になりやすいのではないかともいわれているんですね。

編集部:素直な子や、感受性の強い子だったりしますよね。大人の発言を子どもはよく聞いていますよね。

向井先生:そうですね、大人は本当に注意しなければいけないことが多いと思います。不登校にならなくても傷つく子どもはいるでしょうし、不登校以外の問題行動にでる場合もあるでしょう。やはり子どもに寄り添うことが大事だと思います。完璧にできなくても、意識すること、心がけることで、子どもに対するフォローなども違ってくると思います。

編集部:もくせい教室に通い始めて、変わっていく子もいますか?

向井先生:そうですね。人と関わることによって学校に復帰できるようになった子もいますし、活躍できる場ができたことで、生き生きと明るくなったという子も出てきています。最終的には中学3年生になった時に自分でやりたいことが見つけられて、自分で進路を決めて、夢に向かってがんばっているという子たちもいますね。

取材と見学を終えて

もくせい教室はとても温かい、居心地のよい場所でした。ここで、不登校の子どもたちが明るく過ごす様子を見て、安心できる場所の大切さを感じました。
自身が不登校となり学校に行けない苦しさを経験すること、また不登校の子どもとの関わり方に悩む周囲の人々。
その立場や抱える困難はさまざまではあるかもしれませんが、誰もが関わる可能性がある不登校。悩んだときにはふと、もくせい教室のような存在や「寄り添う」という支援の形を思い出してみると良いかもしれません。

取材・編集/安田梨菜・末武明子
協力/田嶌大樹先生・森崎晃先生(こどもの学び困難支援センター